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2017年10月30日12:23

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発言を野党が批判 麻生氏釈明
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4833739

(政治断簡)「脅威」に屈しないリベラルを 編集委員・松下秀雄

 私は政治記者としては、ちょっと変わり種だ。このコラムでも永田町や霞が関の動きを、あまり正面からとりあげてはこなかった。書いたのは戦争や沖縄、女性、若者、性的少数者、障害者といったテーマ。政治とのかかわりを考えたいと思ったのだ。
 政治も私も、地に足がついていないんじゃないか?
 そんな思いをもっていた。
 私は戦後20年近くたって、「本土」と呼ばれる地域に男性として生まれ、難関といわれる大学を出て、名の知れた報道機関の記者=正社員に就いた。大阪府警の警部補だった父は学生の時になくなり、母は苦労したけれど、私はのうのうと生きてきた。戦争のリアルも知らなければ、人の痛みも身にしみてはいない。
 政治の世界にも、似た境遇の人は多い。政治と自分自身を捉えなおすため、違う境遇にいる人、違う体験をもつ人の話を聞いてまわった。
     *
 戦争で特に関心をもったのは、そのメカニズムだ。
 たとえば「敵の脅威」。戦争の遂行には国民の支持や協力が欠かせない。そこで、しばしば「脅威」が誇張され、捏造(ねつぞう)される。大量破壊兵器があるといったり、敵の攻撃をでっちあげたり。
 以前も紹介したけれど、ナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングはこう言っている。
 「我々は攻撃されかけている」と訴え、「国を危険にさらしている」と平和主義者を非難すれば、人々は意のままになる。このやり方は、どんな国でも有効だ――。
 自由な社会でも、狂気の指導者がいなくても、不安に働きかける手法は通用する。
 衆院選の光景をみてこの話を思い出し、胃液が逆流するような苦さを感じた。安倍晋三首相は各地の街頭で、真っ先に「北朝鮮の脅威」を訴えた。こんな演説、時の首相から聞いた覚えはない。
 むろん戦争をしたいのではなく、票が増えると踏んだのだろう。麻生太郎財務相は、自民大勝の選挙結果には「明らかに北朝鮮のお陰もある」と吐露している。
 その軽さが危なっかしい。狙いはどうあれ、首相が「北朝鮮の脅威」を叫べば在日コリアンが敵視されないか。彼らを忘れているのだろうか。
 沖縄県の翁長雄志知事が、安倍政権の沖縄への態度を「首相は『日本を取り戻す』と言っているが、沖縄は入っているのか」と問うていたのを思い出す。ヤマト(本土)だけが日本と思っていないか、という意味である。
     *
 世界に「自国優先」、白人至上主義に類する「多数派優先」の自己中心政治が広がっている。日本も似たようなものだ。こんな時こそ、多数派か少数派かにかかわらず、一人ひとりの生、自由、人権を大切にしなければ! 不安にあおられ、手放さないようにしなければ!
 それらを重んじるのが「リベラル」という立場。護憲か改憲か、保守か革新かといった線引きを超え、ともに声を上げる時ではないか。
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上記は、今朝の朝日新聞に掲載された、朝日新聞編集委員である松下秀雄氏の「(政治断簡)「脅威」に屈しないリベラルを」の全文である。

わたしがこの松下秀雄氏のエッセイで注目したのは、次のような行である。

�牋柄阿眈匆陲靴燭韻譴鼻▲淵船后Ε疋ぅ弔旅餡噺疑磧▲押璽螢鵐阿呂海Ω世辰討い襦�/ 「我々は攻撃されかけている」と訴え、「国を危険にさらしている」と平和主義者を非難すれば、人々は意のままになる。このやり方は、どんな国でも有効だ――。/ 自由な社会でも、狂気の指導者がいなくても、不安に働きかける手法は通用する。/ 衆院選の光景をみてこの話を思い出し、胃液が逆流するような苦さを感じた。安倍晋三首相は各地の街頭で、真っ先に「北朝鮮の脅威」を訴えた。こんな演説、時の首相から聞いた覚えはない。/ むろん戦争をしたいのではなく、票が増えると踏んだのだろう。麻生太郎財務相は、自民大勝の選挙結果には「明らかに北朝鮮のお陰もある」と吐露している。��

以前、憲法改正について、麻生太郎が
「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法 に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうか」
と発言していたが、安倍晋三も�爛淵船后Ε疋ぅ弔乏悗鵑猫畚圧脹〜軈�挙を行った。その結果、与党は圧勝した。

「我々は攻撃されかけている」と訴え、「国を危険にさらしている」と平和主義者を非難すれば、人々は意のままになる。このやり方は、どんな国でも有効
というナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングの言葉に大いに学んだのである。

よく考えると、戦前の日本は、そのナチスドイツとは�犒鎧�同盟�瓩魴襪鵑任い拭�だからナチスドイツが行っていたユダヤ人大虐殺も知っていた。だから日本国内にいるユダヤ人を国外追放を行っていた。わたしはそのことを、戦前の東北帝国大学で教鞭をとっていた、哲学者であるカール・レーヴィットの足跡に見るのである。なぜカール・レーヴィットは東北帝国大学を辞めなければならなかったのかと。

松下秀雄氏はこのエッセイを次のように閉じている。

�狎こΔ法崋�国優先」、白人至上主義に類する「多数派優先」の自己中心政治が広がっている。日本も似たようなものだ。こんな時こそ、多数派か少数派かにかかわらず、一人ひとりの生、自由、人権を大切にしなければ! 不安にあおられ、手放さないようにしなければ!/ それらを重んじるのが「リベラル」という立場。護憲か改憲か、保守か革新かといった線引きを超え、ともに声を上げる時ではないか。��

「自国ファースト」「多数派ファースト」という�犲�己中心政治�瓩箸蓮△匹海��狒澗亮腟銑瓩僚�いが漂っている。ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』が今年になって、アメリカのトランプ大東りょの出現とともに、世界各地で読みかえされていると聞く。日本ではどうなのか。わたしには今、�狒澗亮腟銑瓩梁�音が聞こえているのであるが。

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