【プログラム】
1 ワーグナー: 歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
2 シベリウス: ヴァイオリン協奏曲ニ短調op.47
***** 休 憩 *****
3 サン=サーンス: 交響曲第3番ハ短調op.78《オルガン付き》
(アンコール)
エルガー: 性格的練習曲集op.24-5(ソリスト)
ドヴォルザーク: スラヴ舞曲 第1集 第1番(オーケストラ)
パク・へユン(ヴァイオリン)
室住 素子(オルガン)
東京都交響楽団
大野 和士(指揮)
2017年9月18日(月・祝)14:00開演,札幌コンサートホール
2年に一度,都響が札幌で実施している特別公演。たしか都響を聴くのはこれが初めてのはず。近頃,他の都市,とりわけ首都圏のオーケストラを聴くことに俄然興味がわいてきた。ひとつには地元のオーケストラがどのレベルなのか確かめたいという気持ちがある。さらに国内のオーケストラも個性の違いがあって聴いていてなかなか面白い。そして国内オケも想像していた以上に水準の高い演奏をしてくれそうだから。
一度聴いただけでは,指揮者を褒め称えるべきなのか,オーケストラを称賛すべきなのかわからないが,とにかく巧いオーケストラであるといっていいだろう。国内のシンフォニー・オーケストラとしては屈指の演奏団体なのではないだろうか。札幌交響楽団が理想としているオーケストラか否かはたしかではないものの,おそらく都響が目指している方向性と札響が追い求めているものはよく似ているようだ。
この日の演奏曲目に含まれる3曲の中で最高の出来だったのは,サン=サーンスの「オルガン付き」。オーケストラのサウンドは引き締まっているものの,響の厚みやふくよかさも十分なうえ,繊細な表現も説得力に富んでいる。とくにヴィオラ,チェロ,コントラバスの重量感と力強さあふれるサウンドは実に魅力的だ。金管楽器や木管楽器の音色も弦楽セクションと調和していて,長い年月をかけて練り上げてきたオーケストラの一体感は傑出している。
曲想ごとの表情の変化も絶妙。たとえば,通常の交響曲であれば第4楽章に相当する第2楽章の後半の冒頭のマエストーソで,オルガンの輝かしい和音を伴って祝祭的なムードを盛り上げてゆく箇所では,曲調の変化をごく自然に表現する技量は創造的ですらある。その後アレグロに転じてから,循環主題を確信に満ちた表情で歩を進めるさまも,まったく作為の感じられない精妙な表現に思わず聴き惚れてしまう。「オルガン付き」では,どのフレーズもありきたりで型どおりの演奏を超越した表情の多彩かつ微妙な変化に彩られ,それまで抱いていたこの交響曲のイメージを一新させてくれる快演だった。
「オルガン付き」には若干劣るものの,シベリウスのヴァイオリン協奏曲も面白かった。アンネ=ゾフィー・ムターのロマンチックで豊満なこのコンチェルトの演奏とヒラリー・ハーンの現代作品風のシャープな演奏をこの作品の表現の両極端だとすると,パク・へユンのソロはかなりヒラリー・ハーンの解釈に近いだろう。この日はどこか硬く縮こまったような演奏で,持てる力を存分に発揮できていなかった嫌いがある。とはいえ,細身で固めのヴァイオリンでこの作品の主旋律を造形し,演奏全体を先導するような弾き方には才能の豊かさを感じた。2009年のミュンヘン国際コンクールに史上最年少の17歳で優勝したパクは,バイエルン放送響をはじめドイツ各地の放送響,マリインスキー劇場管やモントリール響などと共演しているとのこと。将来性のあるソリストを積極的に起用する都響の姿勢に共感を覚える。
「ローエングリン」第3幕への前奏曲は期待していたものの,少し肩透かしを食ったような結果に終わった。たぶん,演奏会の第1曲目でエンジンが十分に暖まっていない状態だったためだろう。「オルガン付き」の演奏と比べると,アンサンブルは乱れ気味で,精妙な表現からは遠かったように思う。台風が接近などの悪条件のため,リハーサルが思うに任せなかったとも考えられる。
大野和士の指揮は,モネ劇場やリヨン歌劇場のオペラ公演を聴いて,ある程度知って入るつもりだった。彼が振るオペラを聴く限り,彼の指揮から大きな感銘を受けたことはなかった。だが,この度,都響との演奏会を聴いて,この認識を改める必要があるかもしれないと考え直した。彼のタクトが都響の傑出した演奏に相当程度貢献している可能性を否定しきれないからだ。先入観を脇に置いて,もういちど大野和士の指揮に虚心坦懐に向きあってみる必要がありそうだ。もちろん機会があればの話だが。
やはり,競争の厳しい首都圏で生き残ってきただけのことはある。東フィルもそうだが,個性を生かして差別化を図りながら,演奏水準の向上も著しい。どのオケがナンバーワンなのか,自分で確かめてみたくなる。
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