思いと健康
きれいな思いは、きれいな習慣を創り出します。
自分の心を洗わない聖者は聖者ではありません。
恐れは人間を弾丸にも劣らぬ速さで殺すことがあります。病気を恐れながら生きている人たちは、やがてそれを実際に手にする人阿知です。
あらゆる周囲の不安が肉体を混乱させ、混乱した肉体は病気に対して無防備です。
人間はけがれた思いをめぐらし続けているかぎり、けがれた血液を手にし続けることになります。
きれいな心からはきれいな人生と肉体が創られ、けがれた心からはけがれた人生とけがれた肉体が創られます。
いくら食生活を改善しても、自分の心を改めようとしない人間にはほとんど効果がありません。しかしながら、つねにきよらかな思いをめぐらせるようになったとき、人間はもはや病原菌を気づかう必要さえなくなります。そのときから人間はとても自然に体に悪い食べ物を好まなくなります。
肉体は心の召使です。それは心の中でめぐらされる思いにつねにしたがっています。
意識的に選ばれる思いであろうと反射的にめぐらされる思いであろうと、まったく関係なしにです。
病気は暗くけがれた思いにつきしたがい病気や衰退へと沈んでいくこともすれば、楽しく美しい思いにつきしたがい健康と若さの衣を身にまとうこともします。
きれいな思いはきれいな習慣を創り出します。自分の心を洗わない聖者は聖者ではありません。自分の心を強化し浄化した人間は、そのときから、もはや病気とは無縁になります。
もしあなたが自分の肉体を完璧な状態にしたいのなら、自分の心を守ることです。肉体を再生したいのなら心を美しくすることです。
悪意・羨望・怒り・不安・失望は肉体から健康と美しさを奪い去ります。
憂うつな顔は偶然の産物ではありません。それは憂うつな心によって創られます。
醜いシワは、愚かな思い、理性を欠いた思い,高慢な思いによって刻まれます。
60歳を過ぎても若々しい老女、20歳ぐらいなのにひどく老け込んだ若者・・・。この違いは、前者は優しく明るい心の結果であり、後者は理性を欠いた思いといら立ちの結果であります。。
正しく生き続けている人たちにとって、老化はゆるやかで穏やかです。彼らは静かに沈みゆく太陽のように徐々に円熟味を増しつつ年齢を重ねていきます。
楽しい思いはどんな医者よりも上手に肉体から病気を一掃します。善意はどんな癒し人よりも、速やかに嘆きと悲しみの影響を霧散させます。
悪意・皮肉・疑い・羨望などで心を満たしつづけているとき、人間は自ら創りあげた牢獄に自ら閉じ込めているようなものです。
つねに愛に満ちた思いをめぐらしながら、あらゆる人に好意を抱きあらゆる人と楽しく接し、忍耐をもってあらゆる人の中に良いものを探しつづけることは天国への王道です。
あらゆる生命体に対する深い思いやりとともに毎日を生きる人間には、大いなる安らぎがもたらされます。
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