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2017年07月15日21:40

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第601回札幌交響楽団定期演奏会

【プログラム】
1 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
     〜〜〜 休 憩 〜〜〜
2 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47

(アンコール)
 パガニーニ:24の奇想曲から「第24番」(ヴァイオリン独奏)

 神尾真由子(ヴァイオリン独奏)
 札幌交響楽団
 秋山和慶(指揮)

(ロビーコンサート)
 プロコフィエフ:五重奏曲op.39より「第1楽章,第3楽章,第6楽章」
 岡美矢子(Ob),白子正樹(Cl),飯村真理(Vn),青木晃一(Vl),大澤敬(Cb)

2017年7月8日(土),14:00開演,札幌コンサートホール


神尾真由子のチャイコフスキーが圧巻だった。事実上それが全てで,ショスタコーヴィチは付け足しのようなもの。この日,珍しく会場はほぼ満員の聴衆で埋め尽くされた。その多くは神尾のヴァイオリンが目当てだったに違いない。

このヴァイオリニストが弾くチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は極めて異色。ロシア音楽の土の匂いや民族色はもちろん,チャイコフスキーの色彩感からも遠く隔たった演奏である。それでも,この作品の核心を把握して,有無を言わせぬ説得力で全曲を弾き切り,会場を興奮の坩堝と化してしまう。彼女のヴァイオリンを聴いていると,北欧の作品を聴いているような,現代作品の演奏を聴いているような錯覚に陥る。ヴァイオリンの響きは細身で,ピアノ線のように強靭だ。フレージングは小刻みで切れ味が鋭い。ある意味,ロシア民族楽派の対極にあるような響きだ。

その神尾の演奏がどうしてこれほどの説得力を持ち,満場の聴衆を興奮の渦に巻き込んでしまうのか。おそらく,彼女自身手垢にまみれた既存の解釈をいったん綺麗さっぱりと忘れて,自分の感性や直感だけを頼りにスコアと対峙し,自分の手でつかみ取ったイメージを表現しているからだろう。神尾の演奏を聴く側は,彼女のこの大胆さや腹の据え方に感動を覚えているという面もある。また,彼女が弾くチャイコフスキーには,1小節たりといえども自分のヴォキャブラリーにない借り物の言葉は混じっていない。どの音も,どのフレーズも,白紙状態から神尾が鍛え上げてきた言葉で綴られている。全てのフレーズが,自分の血となり肉となった言葉で表現されている。

既成概念にとらわれることなく,自らの感性や直感を信じて楽譜から自分の手で音楽をつかみ取る,そしてそのつかみ取った音楽を自らの表現で形にする。この当然のことを高いレベルでなし得るのが神尾の天才たる所以である。そして,何がなんでも自分が信じる音楽を伝えようとする姿勢に気押された人も多かったに違いない。さすが,チャイコフスキー・コンクールの優勝者だけのことはある。次はベルクかシベリウスのコンチェルトを聴いてみたい。

サーポート役の秋山和慶と札響は,余計な自己主張は徹底的に控え,彼らなりの方法で黒子に徹していた。その意味では,立派な伴奏だったといえる。ロシア音楽の重厚さや奔放さを札響が欠いていたことが幸いしたという側面もある。指揮者もあえてそこに踏み込まないスタンスを取っていたとみた。また,札響の霧が立ち込めた冷涼な気候を思わせるトーンも,いい方向に作用しただのろう。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でプラスの方向に作用した札響の傾向が,ショイスタコーヴィチではマイナスに働いた。札響の薄く軽い柔らかい響きでは,ショスタコーヴィチの交響曲第5番が持つ重量感を十全に表現できないことを露呈した。さらに,この作品のメカニカルな響きを作り出す技量を持ち合わせていないことも曝す結果となった。このホールで,ゲルギエフ&マリインスキー歌劇場管弦楽団やロストロポーヴィチ&ロンドン交響楽団による,重戦車が群れをなして大地を突進するような一糸乱れぬ重厚な響きに比べると,札響のサウンドは児戯に等しいと切って捨てる他ない。もちろん,この比較自体,フェアじゃないことは承知しているが,目指すべきところはここだろう。札響との付き合いが長い秋山和慶も,無謀な挑戦よりもリスクの少ない安全策を選んだようだ。

ソリストとオーケストラが対照的な印象を残す定期演奏会だったが,先細りが危惧されるオーケストラの運営に一筋の光明が差したのも事実だろう。つまり,いい演奏をすれば客は集まる,ということだ。この「いい演奏」とは何かに関しては,神尾真由子の演奏が参考になるだろう。また,多くのファンは「いい演奏」が何かを知っていることも明らかになった。知っているからこそ,このコンサートにこれほど多くの客が詰めかけたのである。たくさんの制約があって思うに任せない事情はあるにせよ,ひとつひとつ実績を積み上げていって,オーケストラに対する市民の信頼を獲得し,評価を高めてゆく以外に手はない。アマチュアもどきの地元音楽家を起用した学芸会のような手法で人を集めたり,幅広い層にアピールする名曲コンサートのような催しに血道をあげても,一時的な集客に繋がるだけだ。要はいかにしてオーケストラの活動を長期にわたって支えるコアな層を獲得し続けるかだ。
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