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2017年06月15日11:20

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アニータ・ムアジャーニアの講演録1



6月4日の日記でアニータ・ムアジャーニア「喜びから人生を生きる! 臨死体験が教えてくれたこと」を紹介しましたが、この本は45カ国で100万部超のベストセラーです。

著者は臨死体験によって大きな気づきを得、その結果、癌が数日で消えてしまった奇跡の実話ですが、アニータ・ムアジャーニアの講演録をネットで見ましたので、以下、何回かに分けて紹介します。

・・・・・・    ・・・・・・

今日は来てくださってありがとう。
多くの皆さんはご存知だと思いますが、私は今生きているはずがなかった人間です。皆さんと一緒にここにいることができて嬉しいわ。私の最後の日は、2006年の2月2日のはずだったの。その日、お医者さまが私は死ぬとおっしゃったんです。家族にもそう伝えられました。私は末期癌で死の床にあったのです。悪性リンパ腫でした。4年間悪性リンパ腫と戦っていました。4年経って、癌は全身に転移しました。まず、首から始まり、あちらこちらに腫瘍ができたのですが、その多くはレモンのサイズくらいありました。首の付け根から始まって—-、レモンのサイズくらいの腫瘍が、首の付け根から始まり、首の周り、腕の下、胸の周囲から腹部まで転移しました。

それだけでなく、首の横にはポッカリと大きな傷が開いていて、そこから体内の毒がゆっくりと漏れ出していました。肺には水が溜まっていて、横になると肺の中の自分の水で息が出来なくなってしまうため、真っ直ぐ横たわることも出来なかったの。いつも寄りかかっている状態だったわ。

筋肉はすっかり痩せ衰えてしまって、まるで骸骨のようで、きちんと歩くこともできなかった。脚には身体を支える筋肉が全然付いていなかったものだから、数歩歩くと疲れ果ててしまって。なので移動するときは車椅子でした。

それから酸素吸入器にも繋がれていたわ。それから病院がとても嫌だったので、自宅でのケアを受けていたんですね。パッチ・アダムスもおっしゃっていたけど、病院ってとても気持ちを落とす場所よね。私だったら、入院時よりさらに悪くなるわ。だから病院からは出来る限り早く退院したく、家でフルタイムの看護を付けてもらっていました。でも病院へは治療のためにしょっちゅう常に出入りをせねばならなかったわ。


2月1日の夜、もう本当に苦しくて、呼吸困難に陥り、咳がでて、息が詰まって、眠れないし、疲れていて起きてもいられない。眠ろうとすると息が出来なくて目が覚めてしまうの。起きてもいられないし、眠ることもできなかった。そしてついに諦めてしまったのね。

私は生きようとして戦ってきたわ。命を留めておこうと、本当にずっと戦ってきたの。でも、あの夜、もう十分に戦ったじゃないって思ったの。あの状態で地獄のような生を生きるなら、それはもう生きる価値のあるものではないと思って、降参したのです。完全に委ねました。すると、なんと眠ることができたのです。2月1日の夜のことです。

2月2日の朝、私は目を覚ましませんでした。私は昏睡状態になっていて、夫が…私のすばらしい夫のダニーが起きて、私を揺るがして起こそうとしたのです。でも私は目を覚まさなかった。夫はパニックをおこしてしまって主治医に電話をしました。主治医はすぐに私を病院に連れてくるように言いました。大急ぎで病院に運ばれ、ドクターが私を見てまず夫に伝えたことは、私が最期の時を迎えているようだということだったのです。既に内臓の機能は停止しており、もう昏睡状態から回復することはないだろう、と。

でも、私には周囲の人たちのことがわかっていたのです。自分の周囲で起きていること全部、聞こえていたし見えていたし、感じられたわ。そして、私は物凄く素晴らしいフィーリングを感じていたの。実に素晴らしくて、もう完全に全く肉体に捕らわれていなかった。そして周囲で起きていることは全部わかっていました。

すべてが見えていたというのではなくて、すべて「自覚」していたという言い方のほうがフィットするかもしれません。見えてはいるのだけど、それは普通の視覚的な視野ではなかったわ。通常視覚を使って見ると、焦点を当てて見ますよね。こちらを向けばあなたが見えて、あちらを向けばあなたが見えて、と。「自覚する」というのは、それとは少し違うんですね。ここのすべてを見て感じることが出来たの。まるで360度の周辺視野があるように周りが見えて、遠くで起きていることの音も鮮明に聞こえてくるし、私の視野や聴覚は壁があっても遮られることはなかったわ。

壁の向こうの方の音も聞こえたし、見えていたのね。それが「自覚」というものです。もう身体には捕われていませんでした。そしてずっと自分の肉体は病院のベッドに横たわっていることも自覚していました。でも私は本当に素晴らしく壮大な、信じ難いようなフィーリングを味わっていたの。そして自由だった!解き放たれていて、軽くて・・・。自分の肉体のほうは、その時に体験していた感覚と比べると、あまりにも取るに足りないものに見えたの。実にちっぽけな身体が横たわっていたわ。

そして、自分が絶対なる無条件の愛に包まれているのを感じました。信じ難いような愛のフィーリングがあって、いまだかつて人生であんな風に愛を感じたことはなかったわ。

私は生涯、自分が何者であるかを証明しようとしてきたの。愛を受けるにふさわしい人になろうと。でもあの時は、私がそこに存在しているというだけの理由で完全に無条件に愛されていたのよ。自分を証明するために何かをする必要もなかったし、誰にならなくてもよかった。ただ、存在しているだけで、愛されていたの。本当に信じ難いようなフィーリングだったわ。無条件の愛って言葉を使ったけど、無条件という言葉では、あの感覚を描写するには力不足過ぎる。愛という言葉は乱用され過ぎていると思うのです。後でもう少しそれについてお話ししたいと思っているのだけど。

無条件という言葉も冗長的だと感じているの。だって、愛には条件など付かないのだから。愛が条件付きだったら、それは愛ではないでしょう? それでも無条件という言葉を使う必要があるように感じるのは、愛という言葉をみんなが誤解しているからなの。使い方も間違っているわ。

私が感じた愛は、自分が存在しているというだけで価値のある人間であると感じたことだったのです。他に理由はありません。そして壮大な広がりを感じ、私の気づきの中にいるみんなが繋がっているように感じられました。まるで私が彼らとひとつになったような感覚だったわ。完全に1つなの。夫が感じていたこと・・・夫は看病で私の肉体の横に座って手を握りながら、私が戻ってくることを願っていたのだけど、それを私も自覚していました。

すぐ傍らにいて看護してくれていた母が感じていたこともすべて感じていました。さらにはドクターや看護婦さんが感じていることにも気付きました。彼らが話していることは全部聞こえていたし、感じていることも全部感じ、そして彼らがしていることはすべて私にも見えていたのです。私の肉体のほうは窒息してしまっていて、医者が私の背中に注射針を指して水を抜いたりしていたわ。その治療を全部見ていたの。


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