人間の幸せというものは、そして一人ひとりの人生の豊かさは、愛するものを持っているか否かにかかっています
どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花がより大きく、美しいものとなるために
結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが、次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです
私は、かくて“くれない族”の自分と訣別(けつべつ)しました。私から先に学生にあいさつし、ほほえみかけ、お礼をいう人になったのです。そうしたら不思議なことに、教職員も学生も皆、明るくなり優しくなってくれました
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人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせよう、と決心することができました。それは「私が変わる」ことによってのみ可能でした
置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない
自信を喪失し、修道院を出ようかとまで思いつめた私に、一人の宣教師が一つの短い英語の詩を渡してくれました。その詩の冒頭の一行、それが「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったのです
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初めての土地、思いがけない役職、未経験の事柄の連続、それは私が当初考えていた修道生活とは、あまりにもかけはなれていて、私はいつの間にか“くれない族”になっていました。「あいさつしてくれない」こんなに苦労しているのに「ねぎらってくれない」「わかってくれない」
愛はそれが純粋であればあるほど、苦しみを伴う
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