mixiユーザー(id:7303697)

2017年04月30日13:47

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マッチポンプ

私自身は、麻雀はやる。
金を賭ける(ええと、犯罪の自白ではありません)。

ちょっとまとまった金額が動くこともあるが、盆と正月、GWくらいで、学生時代には週に6日でもやっていたことを考えれば、今のそれは当時の仲間がたまに集まる同窓会のようなものだ。昨夜がその年に3回くらいのうちの1回だった。

ただこれは、あまり「ギャンブル」とは思っていない。
麻雀という遊びはとてもよくできたゲームだが、少額でもいいから金を賭けないと成立しない。
賭けていないと、或る程度負けたらあとはいくら負けても同じだから、調子が悪い人が滅茶苦茶を始めてしまい、そうなるともうゲームがまったく面白くない。
それを避けるために、ゲームの面白さを維持するために金を賭けることが(ほぼ)必須だと思っており、ギャンブル性は不可欠ではあるがまったくその本質ではない(と、私は信じている。勿論これをギャンブルの道具にすることは可能だけれど)。

ゴルフでも賭ける人がいるが、私は(仕事のつきあいでやむを得ない、という場合以外は)原則賭けない。あれは自身のスコアやプレイ内容との対峙だから、まず人は関係ないし、賭けなくたってゲーム自体が面白い、むしろゲームそのものに既にプレッシャーがあるのに、そこに金がからんで体が動かなくなることを、私は楽しいというよりはどちらかと言えば楽しみを阻害する要因に感ずるからだ。

パチンコは30年以上も昔にはよくやったが、今のようなCRとかのシステム(=ギャンブル性も高く、動く金額も大きい)になってからはまったくやっていないし遊び方もわからない。
昔のパチンコ、あれはゲームとしても面白かったし、マジメにやると(トータルで)勝てるので、小遣い稼ぎだったから、やはり「ギャンブル」ではなかった。

アメリカに住んでいたり、それ以前も日本から仕事で定期的にラスベガスに行っていて、そのときだけは必ずちょっと遊んだ。いや、「ちょっと」ではない。睡眠時間を削ってフラフラになりながらも、結構楽しんで毎晩明け方まで遊んだ。
あれが唯一、純粋に近い「ギャンブル」だったと思うが、それもほとんどブラックジャックだけで、人(ディーラー)と対面しての雰囲気とか、自分なりのセオリーの実践とか、そういうものを楽しんだわけで、スロットなどの(機械による確率勝負で、しかも大当たりがあるだけに、その一人の大当たりの資金提供のために大部分の人は負けるというシステムの)他の種目にはほとんど手を出さなかった。

つまり私は、基本的には「ギャンブル」は好きではないと思っているし、依存する心配もおそらくは無いと思っている。

なので日本で(しかも既に何種類か実質的に公認されている現状に加えて他の種類の)ギャンブルを認可することに、特に賛成もしないし逆にアレルギーも無い。
カジノが出来たら、年に一度くらい行くかも。極めて個人的事情や趣向だけから言えば「そういうオプションが無いよりはあったほうが、わずかにベターかな」と思う程度だ。

酒だってスポーツだってその他の趣味だって、色んなことに功罪はあるしそれを自分の生活にどう取り入れるかは、基本的に個人の判断や管理の問題だと思う。
ウチは亡くなった父が酒癖が悪く、相当深刻に苦労もしたが、別に酒の存在やそれを提供する店が悪いと思ったことはない。


ただ!

そうは言っても、カジノ法案を作って、そこから必然的に高い確率で大きな人数に発生すると想定される深刻な弊害のために、それへの(宿命的に不十分、不完全でしかありえない)対策を、「政府・与党が」講ずるということについては、「なんだかなあ」という気は強くする。

消防署が自ら放火して、またはそれが言いすぎなら火事が起こりやすい環境を整備して、消火のための装備や人員を強化するような、つまり「マッチポンプ」の匂いがする。
まあ、カジノと依存症対策とで、マッチにもポンプにも両方人も金も使って景気対策、というのは、ブラックジョークじみてはいるが案外正解なのかもしれないけれど。皮肉じゃなくて。




「ギャンブル依存」支援を模索
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4552281
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