【収録曲】
1 ラフマニノフ(クライスラー編): プレゲリア(祈り)
2 ラフマニノフ: 悲しみの三重奏曲 第2番 ニ短調 op.9「偉大な芸術家の思い出」
3 ラフマニノフ: 悲しみの三重奏曲 第1番 ト短調
ギドン・クレーメル(Vn)
ダニール・トリフォノ(Pf)
ギードレ・ディルヴァナウスカイテ(Vc),2&3
録音:2015年5月1日〜3日,Trifolion,Echternach,ルクセンブルク(セッション)
Deutsche Grammophon 4796979
ギドン・クレーメルが久しぶりにドイツ・グラモフォンからリリースした新譜。このアルバムの収録曲として選ばれたのは,いずれもラフマニノフの作品。ピアノ協奏曲第2番の第2楽章アダージョ・ソステヌートをクライスラーがヴァイオリンとピアノ用に編曲したのが「プレゲリア」。イタリア語で祈りという意味だ。そしてこのアルバムのメインは,敬愛するチャイコフスキーの死を悼んで作曲したピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」。最後はラフマニノフが19歳の時に書いたピアノ三重奏曲第1番。2曲のピアノ・トリオは,スラブ風の感情表現が印象に残る。
この録音でクレーメルが選んだ共演者は,若手No.1の人気と実力を誇るダニール・トリフォノとクレメラータ・バルティカの首席チェリストのギードレ・ディルヴァナウスカイテ。70歳になったクレーメルは,若手の有望株たちを相手に,全く年齢を感じさせない引き締まったサウンドの演奏を繰り広げる。甘美さや華麗さに傾かず,また,感情に溺れることなく,即物的でストイックな表現を目指すからこそ,抑制された深い情緒が心に突き刺さる。
クレーメルとトリフォノが演奏する「プレゲリア」は,名優の静かな朗読のよう。大げさな身振りもなく,感情表現も抑制されている。過剰な解釈を排除して弾いているからこそ,聴く者をラフマニノフの世界の奥深くまで誘う,そのような演奏だ。この演奏を聴いて心を打たれるとすれば,諦念に裏打ちされた悲しみが抑制されつつも率直に表現されているからではないか。
チャイコフスキーが逝去したとの知らせに接したラフマニノフは大きなショックを受け,そのことがピアノ三重奏曲第2番を作曲する契機となった。「プレゲリア」より感情の起伏が激しい作品であり,そのことはこの演奏からもうかがえる。「プレゲリア」に比べると,たしかにダイナミズムの振幅は大きい。それはラフマニノフが受けたショックの大きさを表現しているとともに,チャイコフスキーの逝去を深く悼む気持ちや感謝の念がより支配的であることをラフマニノフの音楽のスケールの大きさを背景に表現しようとしているからだろう。第2楽章クワジ・ヴァリアツィオーネは,悲しみを抱えつつもチャイコフスキーに対する思いを胸に,新たな一歩を踏み出す20歳のラフマニノフの心境が語られているようでもある。クレーメル,トリフォノ,ディルヴァナウスカイテは,楽譜に対して徹頭徹尾客観的なアプローチをとることによって作曲家の内面に迫ろうとする。そして,それが純粋であれば純粋であるほど効果的であることを示したのではないか。
ピアノ三重奏曲第2番が「大事件」をきっかけに書かれた作品であるのに対し,第1番は同じくエレジーが主題のピアノ・トリオでも,その悲しみは早熟な少年のロマンチシズムである。だが,少年といっても,ラフマニノフが将来書くことになる音楽の主な要素は全て揃っているといってもいいだろう。そして,この作曲家がロシアに生まれ落ちたから,そのロマンチシズムは哀しみの色調を帯びたエレジーなのだ。ここでも3人の演奏者は哀愁に彩られた美しいメロディーに不必要な色調を上塗りすることなく,原作の再現に徹する姿勢で演奏する。
こうした演奏が可能となったのも,3人の演奏家が持てるものを惜しみなく注ぎ込んだためである。なによりもギドン・クレーメルのリーダーシップに負うところが大きい。そして,クレーメルの期待に応えた2人の若い演奏者も賞賛に値する。傑出した1人の音楽家が成しうることの大きさに感心する。もちろん,この1枚はどちらかというと地味だが,聴けば聴くほどクレーメルの懐の深さに驚嘆する。
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