表題の名称をもつ焼き肉屋がある。
ランチを食べに行ってみた。 税別1980円で食べ放題(100分)
1980円の食べ放題で注文できる肉には制限はあるものの、
カルビとロースはあって、それ以外では、タン(豚肉)、ホルモン、などがある。
レバーがあれば、と思わないでもないが、そこまで贅沢は言えんだろう。
まあ、おなかいっぱいは間違いなく食べられるのである。
二人で、25人前の肉を食べた。結構な量を平らげたものだと感じる。
おかげで、晩御飯はいらない感じ。
さてさて、
>一心不乱にパチパチと駒を打ち始めて5分
どう直せばよいのかな、「駒を打ち」は間違いなので、
一心不乱にパチパチと音を立てながら将棋を指し始めて5分
だろうか?
7手詰めで、持ち駒4枚なら、先手は4枚「打ち」続けることになるが、
序盤は駒組が中心だから、駒を打つのは、飛車先の歩を交換した後とか、角換わりになった後とか、、、
>一心不乱にパチパチと駒を打ち始めて5分
これって、将棋ではない何か別のゲームだと思う。
まあ、良いが。
将棋は確かにいい頭の訓練になる。私が小学生の時は、ゲームと言っても、今のように家庭用ゲーム機などはなかったので、ほとんどの子どもが将棋ぐらいは指せたものだった。今はだいぶん様変わりしていて、ルールも知らない子どもも結構いる。
囲碁ほど盤面も広くはなく、子どもなら短時間で勝負がついてしまうことが多いので、遊びとしては良いと思うのだが、余り流行らないのは仕方のないことだとも感じる。
でも、駒と盤がセットで、2000円もあればとりあえず遊べる道具が揃い、そして一度覚えてしまえば、一生の娯楽になるのだから、おすすめ度の高い趣味だと感じる。
子どもに指導する中に、「終わった後は駒が40枚あることを確認して、箱に戻す」というあたりもしっかり教えるところだろう。駒は無くしがち。
ただ、感想戦が理解できない人もいる。
学生さんと指した時に、当然だが悪い手を指摘して、こっちの方が有力だったとか、色々言ってみるわけだが、、、、、
次の機会に誘うと、「負けるとまた色々言われるのですよね。」などと返事をされたことがあった。いや、勝ち負けと感想戦は関係なく行われるものなのだが、、、
また、年配の人だと、感想戦を行わずに、すぐ次の対局をしたがる人が多い。
こんな感じで、リアルで遊べる相手がなかなか見つからないのも現実。
プロの将棋界に色々な問題が発生してしまったが、まだまだ、人間同士で遊べるゲームではあるので、普及に努めて欲しいと思う。
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■将棋教室がブームの兆し 「負けることで心が強くなる」
(dot. - 03月13日 11:33)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=4474920
漫画「3月のライオン」が人気化する一方、将棋は教育の一環としても注目され始めている。集中力や持続力、相手のことを察する力。学校教育の現場で注目されているこうした基礎力が身に着くという。将棋教室に行ってみた。
土曜日の午後。都内駅前の雑居ビルの3階にある将棋教室に、次々と子どもたちが集まってきた。小学生が中心だが、中には幼稚園児もいる。
小学校低学年くらいの男子生徒が、
「こんにちはー」
と挨拶をして教室に入ってくると、先生の指示に従って、同じ年くらいの対戦相手と向かい合って席についた。すぐに将棋の駒を丁寧にならべ、向き合って、
「よろしくおねがいします」
とお互いに小さくおじぎをする。振り駒をして先手・後手を決めると、ふたりとも脇目も振らずに盤面に集中し始めた。
一心不乱にパチパチと駒を打ち始めて5分もたたないうちに、ひとりが「負けました」と小さくつぶやいた。勝負が決まると、2人は席を立って、正面の先生の席へ行き、勝負の記録を「手合いカード」に記してもらうとすぐに、
「次は誰と指すの?」
とまた対局に向かった。
教室には約20人の生徒と4人の先生がいて、常に全員が他の生徒や先生を相手に対局をしている。子どもたちは黙々と盤面に向かい、パチパチと駒を打つ音が聞こえるほど、雑談は少ない。
●黙々と駒を打つ
ここは日本将棋連盟のプロ棋士六段の高野秀行さん(44)が主宰する「経堂こども将棋教室」。教室では、15級からスタートして、教室での対局の勝数や実力に応じて最上級の初段まで昇級していく仕組みだ。
現在1級の川上煌太郎くん(10)は、幼稚園の年中から将棋を始め、年長からこの教室に通い始めた。
「昇級したときが嬉しい。教室や大会で、いろんな人たちと話して仲良くなれるのがおもしろい」
と話す。
高野さんは、8年前から教室で子どもたちに将棋を教えるようになった。プロを目指すというより、将棋の楽しさを学んだり、礼儀を身につけてほしいという。
「子どもによってこうしたいという気持ちは違います。こっちへ動かしたいというのは子どもの中にあって、私はそれをサポートしますが、こうしなさいと強制はしません。『先生だったらこう指すかな』と言うようにしています」(高野さん)
もうひとつ、高野さんが将棋の指導で気をつけているのは、相手のことを常に考えるということだ。
「将棋は先の手を読む必要があります。そのため、対局相手が何を考えているのか、必ず考えるように、子どもたちにも指導しています」
と、高野さん。
●はしゃがなくなる
将棋の対局は、必ずどちらかが「負けました」と言って勝負がつく。将棋は運はほとんど左右せず、自分の指した手だけが勝敗を決める。勝敗はいわば自己責任だ。高野さんの教室では、2時間の間に、相手を変えて5、6局は指す。
「『負けました』は、大人になるとなかなか言いませんが、将棋では『負けました』と毎回言います。言うことで、相手のことを慮ることができるようになります。初めは『勝った、勝った』とはしゃいでいた子どもたちも、負けを経験していくと、相手のことを考えてはしゃがないようになりますよ」
勝ちにこだわるあまりに、最初は「負けました」と言えずに、泣き出す子どももいるという。
「負けました」と言うことが心理面も技術面も人を強くする、と話すのは、暁星小学校教諭で日本将棋連盟学校教育アドバイザーを務める安次嶺隆幸さんだ。
「負けの悔しさをこれほど学べる競技はほかにありません。また感想戦も重要です。負けたあとにきちんと自分の気持ちを振り返って感想戦ができる子どもは強くなりますね。負けることで心が強くなるんですね」
安次嶺さんは、34年間にわたり小学校教諭を務める中で、ここ10年ほどで、生徒たちにある異変があると気づいた。
「私は『ツイッター現象』と呼んでいるんですが、言ってはいけないことでも、思ったことをすぐにそのまま口に出してしまう子どもたちが増えています」
例えば、授業中に失敗した他の生徒に対して「へぼい」といった発言をすぐにする。言っていいことと悪いことの判断をする前に口に出してしまうのだという。
●心を折りたたむ
コンピューターやインターネットの普及で、いつでもどこでも自分の思ったことを発信できるようになった。知りたいことは検索できるようになった。便利になった一方で、じっくりゆっくりと考える機会が減り、「考えない」「待てない」子どもたちが増えてきているのだという。
こうしたネット時代の子どもたちに必要な気持ちを整理したり、区切りをつけたりするといった「心を折りたたむ」ことが、将棋を学ぶことで身につけられると安次嶺さんは考えている。
「将棋をするだけで、礼に始まり礼に終わる、勝ち負けの自己責任といったこと、また、集中力、忍耐力、持続力もおのずと身につきます」
前出の高野さんもこう話す。
「教室に来た当初は、じっと座っていられない、おしゃべりばかりしていて落ち着かないという生徒もいました。でも、将棋を続けていくうちに、ずっと座って将棋に集中していくようになりました」
●人のことを「察する力」
実際、教室では幼稚園児もいるが、休憩をはさんで2時間の間全員が椅子に座って対局に集中している。
とある対局中。幼稚園児の生徒が、
「早くやってよ」
待ちきれなくなって盤面を見ながら独り言のようにつぶやいた。相手は、
「まだまだ」
とつぶやいて、次の手を考え込んでいる。不満そうな顔をする幼稚園児の生徒に対して、隣の席で対局をしていた1級の
緑川りんと君(10)が、
「いやいや、将棋は待つものだから」
と小さな声でたしなめた。年長者が年少者に技術面だけでなく、礼儀などもアドバイスをする光景も教室では日常的に見られた。
将棋棋士・羽生善治さんの著書『将棋から学んできたこと これからの道を歩く君へ』(朝日文庫)の「解説」で、安次嶺さんは、
「これからますます、人のことを『察する力』が現代社会では必要となるだろう。(中略)いかに実社会の中で、人と人との生のふれあいをしていくかが問われている。だからこそ、いま、こうして『将棋から学ぶ』ことが見直されているのだろう」
と書いた。普通に対局をするだけで、相手のことを考えること、待つことが、おのずと身につく将棋は、いま教育現場でさかんに必要だと叫ばれている基礎力を身につける近道なのかもしれない。
(編集部・長倉克枝)
※AERA 2017年3月13日号
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