mixiユーザー(id:4364989)

2017年02月07日21:04

353 view

ゲーム界の黒船来航とその積荷

前回わざわざ1話を使って、マイコンに初めて触れたときのことを書いた。
知って欲しかったのは、これまでにない全く新しいモノに触れたときにもたらされる広がりと興奮だ。
ここでいう「新しいモノ」とはただの新製品ではない。何かの延長ではない新しい次元といえるもの。

あの当時にあった広がりと興奮を、共有は無理でもせめて識っておいて欲しかったのだ。
もし明日、亜空間跳躍(ワープ)が実用化されたら?個人でどこでもドアが持てたら?
夢が広がっちゃうだろ?それに類する広がりと興奮。大げさではあるが、方向性はまさにそれ。

でっかい例えを持ち出したあとでなんだけど、話は現実サイズに戻る。
「新しいモノ」の波は、ゲームの世界にも波及する。
TVゲーム自体は以前からあった。ゲームセンターのブロック崩し、インベーダー等。

ファミコンゲームは当初その方向性で発展していく。
例外もあったがその多くは、撃ったり、跳ねたり、反射神経を試されるタイプのものだ。
それらは、云わば「よくできた玩具」であった。

一方、パソコンゲームは別の方角を向いていた。シミュレーション、アドベンチャー、ロールプレイング。
ファミコンのお手本が「ゲーセン」であったのに対し、パソコンのそれはアメリカの「GAME」に影響されたからだ。
遊びの世界の黒船来航であり維新であった。特にロールプレイングというのは、耳慣れないものだった。

私にとって始めてのコンピューターRPGは「ザ・ブラックオニキス」だったが、それまでにない新しい基軸に血圧を上げたのを覚えている。
小なりとはいえ街があって自分以外の住人がいる。その中を自由に歩きまわれる。
次の行動を自分で決められるその新しさに、広がりと興奮を覚えた。

私を含めた日本人の多くが、コンピューターを通じて、初めてその概念に触れた。
その媒介として一際大きな役割を担ったのが「Wizardry」であったと思う。

エルフやドワーフといった、いま現在ではお馴染みになった存在も、当時は新しかった。
アライメントの概念、冒険者の職業(クラス、ジョブ)という概念、そもそも「冒険者」という概念からして新しかった。それまでの日本では、怪物と戦うのは「ヒーロー」の役割だったのだから。

パソコンの世界で先行したRPGが、ファミコンに持ち込まれ「ドラクエ」が生まれた。
その際、一般受けするよう角の取れた丸いものになったが、その工夫のひとつが主役を「勇者」にしたことだろう。
当時、いきなり「冒険者」といっても、ん? となったはずである。

初めて「Wizardry」に接したときに感じた戸惑いは、挙げればキリがない。
その多くは現在ではほぼ常識化したが、当時には奇妙な違和感があったのだ。

幕末のころ、economyという言葉に触れた日本の学者は、腐心しながら「経済」という単語に訳した。
それに苦心と戸惑いによく似たことが、いたるところにあったのだ。
「dungeon」を迷宮と訳し、「Undead」を不死としたが、これを飲み込むにはけっこう苦労した。

それまでの知識で迷宮といえば、ギリシャ神話でミノス王がミノタウロスを閉じ込めるために作ったアレで、つまりはラビリンス(labyrinth)のことであり、いきなりダンジョンといわれてもピンとこなかった。

「Undead」を不死だけど生きてない、「living dead」を生きている死体と説明していたが、それって生きてるのか死んでるのか結局どっちやねん!!という疑問も無理からぬことではなかろうかw
アンデッドの概念を消化しないと、ターンアンデッドも理解は難しい。

うむ、話が凄絶に脱線したw 本筋に戻る。

「Wizardry」という窓を通じて、遡ればトーブルトークという遊びがあり、「指輪物語」という小説が世界観の基礎になっていることを知った。
タラコおにぎりを食べて、その旨さを知り、実はそれは鱈という魚の卵であることを知る。
順序としては、まさにそんな感じだ。

ともあれ、「Wizardry」は我々の知らなかった多くのものをもたらした。それはまるで、黒船が運んできた南蛮の品々に、好奇の視線を向ける江戸の人々のようであったが、維新後の日本がそうであったように、急速に異文化を消化し、我が血肉に変えていくのである。

続く。
3 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年02月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    

最近の日記