> 「この度はASKAの再逮捕にあたり大変ご迷惑をおかけしており、深くお詫び申し上げます」と謝罪。
チャゲにどういう責任があり、またいかなる方法でこの結果を回避できる可能性があったのか?
彼は或る意味「被害者」であり、気の毒だとは思う。
そしてこうして「謝罪」しているということについても、勿論本人に悪意は無いし、(法的にも倫理的にも感覚としても)「間違ったことをしている」と非難するつもりはない。
しかし。
しかし、である。
彼のこの対応は、或る意味とても日本人的(日本人社会的、と言ってもいい)なのかもしれないが、私には「なんでも謝っておけばいいというもんじゃないぜ!」という気持ちもうっすらとある。
つまり、責める気は無いけれど、「ごめん、って、いったい何が? 具体的に言うと、あなたはあなたのどういう言動について、何がどういうふうに悪かったから、誰に対して何を謝っているの?」と問い詰められたら、彼はどう答えるのだろう? と思ってしまうのだ。
ちょっと安易ではないか。本当のところ、論理としても感覚としても、誰に何を謝っているのだろうか、という不思議さと違和感を覚えるのだ。
「世間をお騒がせして」なんだろうけど、それはあなたがしたことではないし、あなたは未成年のアスカの保護者でもなければ、前回の彼の件について身許保証をしたわけでもない(はず)。
コメントを発すること自体は構わないし、むしろ黙っているわけにもいかないのかもしれない。
ただ、「謝る」「謝罪する」ということの意味が、少なくともこの場では薄っぺらに、無意味無自覚に見えてしまうのは私だけだろうか?
繰り返すが、チャゲ氏は今回(前回もだけど)気の毒だとは思うし、今回のこのコメントについて、彼を責める気はない。
単純に、「ケーススタディーの材料」として、「こういう場合の、こういう『謝罪』って、どうなの?」と思うのだ。
Chage、ASKA再逮捕でコメント「今は何も考えられない」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=4316698
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