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2016年09月18日11:54

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トライン「人間の本質は無限の生命のスピリットと同じものである」


トラインの翻訳書・吉田利子氏「人生の扉を開く魔法の鍵」より。

すべての背後にあるその「無限の生命と力のスピリット」を、わたしたちは神と呼ぶ。呼び方は何でもかまわない。ここでは神と呼ぶ。

すべては神から生まれ、神のなかにあり、神でないものは何もない。神はわたしたちの生命であり、人生そのものなのだ。

わたしたちは神の生命の一部なのだ。わたしたちと神は違うが、それはわたしたちが個々のスピリットであるのに対し、神はわたしたちすべてもわたしたち以外のすべても包み込む「無限のスピリット」であるからで、本質的には神の生命と人間の生命は同じひとつのものなのである。本質的な違いがあるわけではなく、それは程度の違いにすぎない。

とある谷間に池があって、山の中腹の尽きることのない水源からこんこんと水が流れ込んでいる。谷間の池は山の中腹の大きな水源から流れてくる水を受け取っている。小さな池の水は大きな水源の水と本質的には同じだ。ただし、違いはある。山の中腹の水源は水の量ということでいえば谷間の池よりはるかに豊かで、谷間の無数の池に水を送ってもなお涸れることがない。

人間の生命も同じである。わたしたちはそれぞれ違いがあっても、すべての背後には「無限の生命のスピリット」・・・・・すなわち、すべての生命そのものがあって、そこからすべてが生じているのだから、個々の人間の生命は、わたしの生命もあなたの生命もその「無限の源」から流れ出す聖なる流れにちがいない。

それならば個々の人間に流れ込む生命は本質的に「無限の生命のスピリット」と同じものである。ただし、両者に違いはある。それは、本質的な違いではなく、程度の違いなのだ。

そうだとすれば、人間が自分を開いて聖なる流れを受け入れる度合いに応じて、神に近づくのではないだろうか。さらに、そのようにして神に近づくならば、それだけ神の力を受け取ることになる。神の力には限りがないとすれば、人間の限界は自分自身を知らないために自分で自分に課したものということになるのではないだろうか。



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