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2016年07月17日09:07

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「魂との対話」3.(魂には始まりもなければ終わりもない)


ゲーリー・ズーカフ「魂との対話」は、全米で300万部を超えた驚異的なロング・ベストセラーです。私たちは、なぜ生きているのか? 魂とは、いったい何なのか? とあらためて深く考えさせてくれます。
ここで取り上げている五感型人間とは物質的世界の感覚だけの人、多感覚型人間とは超自然的、霊性的な感覚のわかる人のことのようです。
以下、適宜抜粋しながらまとめました。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen49.html


●魂には始まりもなければ終わりもない 

私たちのほとんどは、「私たちが進化のプロセスに参加できるのは、ひとつの生涯の存続期間のみである」という信念になじんでいる。それは五感型パーソナリティーの観点を如実に投影した信念である。
 
多感覚型人間もまた、自身の肉体とパーソナリティーは、この生涯を超えては存続しないと理解している。しかし彼らは、同時に、不滅の魂の存在を明確に認識している。
 
あなたのパーソナリティーの一生は、あなたの魂が体験する無数の人生のうちのひとつである。魂は時間の外側に存在している。魂の視野は広大であり、その知覚はパーソナリティーのもつ限界を超越している。

生命を物理的に体験することを進化の手段として選んできた魂たちは、一般に、彼らのエネルギーを、いくつもの心理的および物理的形態のなかに何度も具象化させ、多くの人生を体験してきた。魂は、それ自身が体験する人生ごとに異なったパーソナリティーと肉体を創造する。
 

パーソナリティーと肉体は、五感型人間にとっては、一生を体験するための唯一無二の媒体であるが、魂にとってそれらは、それぞれの生涯ごとに異なる、それぞれの生涯の目的に完璧に合致した、ユニークな道具である。

それぞれのパーソナリティーが、それ自身の特別な方法で特別な姿勢を養い、また特別な教訓を学ぶなどして、それ自身の魂の進化に貢献する。母親、戦士、娘、あるいは牧師としての人生。愛、攻撃されやすさ、恐れ、喪失、そしてやさしさの体験。怒り、反抗、虚しさ、および嫉妬などとの苦闘。これらすべてが、魂の進化を助長する。

パーソナリティーと肉体のもつ特徴のすべてが、魂の目的と完璧に合致している。たとえそれが強い腕力であれ、弱い腕力であれ、高い知性であれ、低い知性であれ、明るい気質であれ、暗い気質であれ、黄色い皮膚であれ、黒い皮膚であれ・・・・とにかく、どんな特徴であってもである。

五感型パーソナリティーは、自分の魂がほかにも多くの人生を体験しているということに気づいていない。しかし多感覚型パーソナリティーは、それらの人生の存在に気づいている。そして時には、それらを自身の前世や来世として認識することがあるかもしれない。それは厳密にいえば、そのパーソナリティー自身が生きてきた、あるいは生きることになっている人生ではなく、そのパーソナリティーの魂による体験である。
 
また、魂の観点からすると、それが体験する人生は、すべてが同時に存在する。言い換えるなら、魂が創造するいくつものパーソナリティーのすべてが、一度に存在するのである。よって、ひとつの人生のなかでネガティブな特徴が排除されたとしたら、その好影響は、その人生のみならず、魂が体験しているほかのあらゆる人生にも及ぶことになる。
 
魂はそれ自体、時間による制限を受けないため、パーソナリティーが恐れや疑いの流れを放出すると、その好影響はパーソナリティーの未来のみならず、過去にまでも及ぶことになる。

パーソナリティーとその肉体は、魂の疑似的なあらわれである。パーソナリティーとその肉体は、それら自身の機能を果たしつづけ、やがてその生涯を終えることになる。それはいうなれば、魂が体験しているひとつの人生の終わりであり、そのとき魂は、その人生を生きてきたパーソナリティーと肉体を放棄する。その時点で、それらは終わりを迎えるのである。

しかし、魂は終わらない。ひとつの人生が終わると、魂は、それ自身の本質である不滅の時間のない状態に戻っていく。そうやってそれは、思いやりと明晰(めいせき)さ、そして際限のない愛であふれた、それ自身の自然な状態へと戻るのである。
 
これが、私たちの進化が発生する背景である。魂のエネルギーの持続的な具象化、言い換えるなら、魂の生まれ変わり、輪廻転生、地球という学校への度重なる帰還、このくり返しの過程で私たちは進化を果たすのである。

魂が具象化するとき、魂のパワーは、物理的な次元で活動するにふさわしい規模へと大幅に削減されることになる。それは魂のパワーの、時間を超えた不滅の生命システムから、時間の制限を受ける生命システムへのシフトダウンである。それは、無数の人生を同時に、直接的に体験できるシステムできる知覚システムから、五感システムへのシフトダウンである。魂はみずからを癒すために、この体験を手にすることを自主的に選択している。

パーソナリティーは、癒しを必要としている魂の一部と、その癒しに必要な思いやりや愛であふれた、魂の別の一部で構成されている。魂の引き裂かれた側面、癒しを必要とする側面は、癒されるために、物質と相互作用しあう必要がある。パーソナリティーはそういった引き裂かれた部分と、引き裂かれていない部分で構成された、複雑な曼荼羅(まんだら)のようなものである。

パーソナリティーは、この生涯で癒そうと試みるべく魂が選んだ、物質を体験する必要のある魂の一部と、その癒しのプロセスに寄与すべく魂が提供している魂の一部で構成されている。よってあなたは、人間のパーソナリティーの内側で、それをそもそもつくり上げることになった、魂の引き裂かれた苦しみと、そのパーソナリティーの愛すべき一部を構成する、魂が獲得してきた優雅な美しい性質の双方を見ることができる。

しかし魂とは、いかにパワフルであることか。なんせそれはさまざまな人生の、たとえば大きな愛を体験する一部分や、恐れを体験する一部分、おそらくその中間の一部分、分裂症を体験する一部分、さらには劇的に哀れ深い一部分などの、すべてをあわせもつことができるのである。

魂は存在する。そしてそれは、始まりもなければ終わりもなく、つねに調和に向かって流れている。パーソナリティーは、魂が物理的な世界のなかで活動するためにもちいるエネルギー装置である。

個々のパーソナリティーはとてもユニークである。それをつくり上げている魂のエネルギーの構成や構造がユニークだからだ。それはいうなれば、魂の仮面であり、魂が物質と交流するためのものだる。




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