【収録曲】
1 ベリオ: 水のクラヴィーア
2 ソーニー: Water−Transition1
3 武満徹: 雨の樹�供淵�リヴィエ・メシアンの追憶に)
4 ソーニー: Water−Transition2
5 フォーレ: 舟歌第5番嬰へ短調Op.66
6 ソーニー: Water−Transition3
7 ラヴェル: 水の戯れM.30
8 ソーニー: Water−Transition4
9 アルベニス: イベリア第2巻「アルメリア」
10 ソーニー: Water−Transition5
11 リスト: エステ荘の噴水
12 ソーニー: Water−Transition6
13 ヤナーチェク: 霧の中で〜アンダンテ
14 ソーニー: Water−Transition7
15 ドビュッシー: 沈める寺
エレーヌ・グリモー(Pf)Park Avenue Armory,ニューヨーク,2014年12月(ライブ)
ニティン・ソーニー(キーボード,ギター,プログラミング)2015年夏
DG:6795268
今年1月29日にリリースされたグリモーの新譜は,すべて水にまつわる作品で構成されている。グリモーが選んだ千変万化する水の諸相を描いた古今東西の8曲をソーニーがこのアルバムのために作った電子音楽7曲が結びつけるという趣向である。ソーニーの音楽は,“Transition”という名称からうかがえるとおり,「展覧会の絵」の「プロムナード」に似た役割を担う。
ライナーノートはグリモー自身が執筆した。その冒頭に万物流転を説くギリシャの哲学者とエコロジーを説いたともされるカトリックの聖人の言葉を彼女は引用しており,それらはこのアルバムのコンセプトを理解する鍵となる。
No man ever steps
in the same river twice,
for it is not the same river and
he is not the same man.
ヘラクレイトス(BC535年頃〜475年頃)
Be praised my Lord,
through Sister Water.
She is very useful and humble
and precious and pure.
アッシジの聖フランチェスコ(1181/2〜1226)
これらの引用に続いて,次のようなグリモーの一文も掲げられている。
We are water.
The majority of our bodies, like the surface of our planet, is
constituted of water. Life cannot exist without it.
Water is merciless and miraculous. It sustains and humbles us,
divides and completes us.
Water is Nature‘s archtect, sculpting the contours of the earth.
Water is Nature‘s composer, its drops, streams and waves beating
the world’s primordial rhythms.
このアルバムは,水を切り口にした,グリモーの自然哲学であり自然に対する信仰告白である。
ピアノ作品のアンソロジーによって自らの信条を表現しようとするこのアルバムは,エコロジスト,エレーヌ・グリモーのユニークかつ大胆な試みである。なぜなら,音楽で情景や感情を表現するのは比較的容易であるが,理念や観念の表明となると大きな壁に直面せざるを得ないからだ。ベートーヴェンやバッハも具体的な感情の動きを描くことによって抽象的な理念を表現した。
ではグリモーの挑戦は成功したのだろか。この音楽家のエコロジカルなメッセージは届いたのだろうか。
ハイブローでソフィスティケートされたある種のイージー・リスニングというのが,このアルバムを聴いた率直な感想である。イージー・リスニングといっても,贅を尽くした最高級のイージー・リスニングであり,作品を選ぶ眼の確かさ,そのセンスの良さ,作品を表現する技術の高さ,どれひとつとってもゴージャスの一言に尽きる。
だが,先に長々と引き写ししたとおり,言語の力を借りなければ,このアルバムに込めたグリモーの意図をつかみかねる。音楽以外の言語表現や予備知識の助けがあってはじめて,グリモーの意図を理解できる。水をテーマにしていることもあってか,思考回路にまで影響を及ぼすインパクトに欠けるのである。つまり,その刺激は感性に訴えかけるものの,それが知性にまで波及しない。これがムード音楽のようにきこえる理由であり,言語の助けが必要な所以である。
とはいえ,このアルバムを聴いて,グリモーが並外れた音楽的力量の持ち主であることをあらためて思い知る。皮肉を言うつもりはさらさらないが,イージー・リスニングのようなアルバムだからこそ,グリモーの桁外れの才能が光る。
まず,このアルバムで示された選曲眼とセンスは彼女ならではのものであり,彼女の音楽的世界を垣間見ることができる。グリモーでなければ,ベリオ,武満徹,アルベニス,ヤナーチェクの作品を聴くことができなかっただろう。冒頭に置かれたベリオの「水のクラヴィーア」で,ゆらめく水の世界へ一気に引き込まれる。ヤナーチェクの「霧の中で」では,濃い霧に覆われた東欧の石造りの街並み連れて行かれると同時に,霧が水の様態であることに気付く。
また,時代も地域も様式も異なる個性ゆたかな8作品の演奏にさりげない統一感を与えている点も興味深い。しかも,その統一感はこのアルバムのコンセプトを底辺で支えるたぐいのものだ。さらに,この統一感は各曲の個性を際立たせる役目を果たすという離れ業をやってのける。ベリオ,武満徹,アルベニス,ヤナーチェクの初めて聴く作品を抵抗感なく受け入れることができたのも,グリモーのテクニックに加え,水という身近なコンセプトに包んで届けられたせいでもあるだろう。
インド系イギリス人の音楽家,ソーニーの“Water−Transition”も,このアルバムのコンセプトに現代というアングルからアプローチする作品といえる。そして,それはただ単に異なるアプローチという次元を超えて,グリモーのピアノ演奏にも好ましい影響を及ぼしているようでもある。つまり,グリモーとソーニーは互いに刺激を与え合い,相乗効果をあげている。
“Water−Transition”は,どこか水琴の響きを思わせる東洋的な情趣をたたえた作品である。そして古代を髣髴とさせるようなサウンドでもある。とはいえ,この作品は現代ヨーロッパの教養を身に着けた知性によって創作された音楽である。この点でグリモーの音楽性と響き合うのだろう。
だから,グリモーが選んだ8曲の音楽とソーニーが書いた7曲の“Water−Transition”との組み合わせは,ヨーロッパの古い石造りの建物の内部を現代の建築資材を使ってリノベーションした室内の雰囲気を醸し出す。そして,このアルバムはその部屋にマッチしたBGMのようでもある。ある意味,それは「環境音楽」の最新のヴァリエーションの一つととらえることも許されるのではないか。
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