以下、神渡良平「安岡正篤 立命への道」より。
長峰さんが安岡人間学に出合ったのは、昭和51年(1976)年4月、35歳のとき、宮崎の統一地方選挙にはじめて立候補し、一敗地にまみれてしまったときのことだ。失意の中で、安岡が書き表した「素心規」を読んだ。敗軍の将にはどの文章も身にしみた。
一、禍が福か、福が禍か、人間の私心でわかるものではない。
長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。
二、窮困に処するほど快活にしよう。
窮すれば通ずる、又通ぜしめるのが、
自然と人生の真理であり教えである。
三、乱世ほど余裕が大切である。
余裕は心を養うより生ずる。
風雅も却ってこの処に存する。
四、世俗の交は心を傷(いた)めることが少くない。
良き師友を得て、素心の交を心がけよう。
五、世事に忙しい間にも、寸暇を偸(ぬす)んで、
書を読み道を学び、心胸を開拓しよう。
六、租国と同胞の為に相共に感激を以て
微力を尽そう。
*素心…利害や意見や年齢や地位身分など、そういう様々な世間の着色に染まぬ生地のままの純真な心を素心という。
長峰さんは誰が書いたのかを確認しないまま、手帳に書きとめ、自分に言い聞かせた。
そして次の選挙までの4年間、1軒1軒訪問した。心が挫けそうになると、手帖を取り出して「素心規」を読み、自分を奮い立たせ、鼓舞した。
・・・・中略・・・
「不思議なことがあるもんですね」と長峰さんは言った。
「昨年、致知出版社から、『安岡正篤 人生信条』という古い本が復刊されました。早速購入して読んでみると、何とあの『素心規』が収録されているではありませんか。私は筆者が誰なのか、長年探していたのです。いわば私のバックボーンを形成してくれたわけですから。嬉しくなって、何十冊も買って支援者に配りました」。
・・・・中略・・・
以後、平成7(1995)年、晴れて自民党選出の参議院議員になった。
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