「寵辱(ちょうじょく)驚かず」
名誉を得ても恥辱を受けても、ともに心を驚かすことをしない。
優越感にも、劣等感にも、踊らされない
「寵」とは、尊い名誉をもらって、あがめられ、ほめられること。「辱」とは、恥辱を受ける、はずかしめられること。
名誉をもらって、人から尊敬されても、失敗をして、人からはずかしめられても、そのようなことに、けっして、心を動かし、冷静さを失っては、いけない。
名誉をもらって、ありがとうと、喜ぶのは、よい。それだけなら、害はない。
そのあと、胸を張り、他人をバカにしたり、軽視したりして、威張りだすのが、はなはだ、よろしくない。人は威張ったとたん、成長が、止まる。
人から恥辱を受けたとき、自分の行動の欠点や弱点を、深く反省するのは、よい。それだけなら、なんの害もないどころか、有効である。
ただ、そのとき、ああ、自分はダメなやつだと人生に見切りをつけ、ひどい劣等感に襲われては、困る。人は、劣等感を抱くと、再起不能となる。
人生、あまりにもいい気になって、鼻を高くしたり、逆に、すっかり頭をしおたれたりして、投げやりになることが、いちばん、悪い。すべては、運命のままに、ただ受け入れる。
※『菜根譚』(さいこんたん)は、約400年前、中国の明の時代に書かれた人生の書である。
短い文章であるが、含蓄ある言葉である。じっくり読んでいただきたいものです。。
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