従者サンジャヤは、仲間と家族への愛着と、彼らを失う恐怖で揺れるアルジュナの状況を説明しました。クリシュナは意気消沈している戦士アルジュナを叱咤し、戦うことを強く求めました。
困難な状況の中で、心が迷い悲しみに覆われるという人はどうすればいいのか分からなくなってしまいます。このようなとき、物事をよく知る者の導きが必要です。考えが何度も衝撃を受け、救いはないように思う時にこそ、自分を取り巻く大きな力を理解しようとする可能性がでてきます。戦士アルジュナは自分の無力さを悟り、全知全能である『イーシュヴァラ(全体世界)の化身・クリシュナに助けを請い、委ねました。クリシュナは友人でもある戦士アルジュナの話を聞き、彼の嘆きと苦悩の原因である「無知」を取り除く者『グル(先生)』としての役割を得ました。
戦士アルジュナに教えを請われ、クリシュナは微笑みながら諭しました。彼はアルジュナが教えを必要とする時を、長い間待っていたのです。アルジュナに真実を理解しようとする心の準備ができたことを喜んでいました。
クリシュナは初めに人間の本質である真実「アートマン(真我、真実)について語りました。『真実』は過去も、未来も、現在も無く、不滅であることを説明しました。
『アートマン(真我、真実)』は変ることがなく、滅びることも,死ぬという変化すらないこと。すべての人の真実が『アートマン(真我、真実)』であり、世界はそれを土台にして変り続けていること。だから表面的にだけ移り変わる現象を悲しむ理由はないといいました。『アートマン(真我、真実)』とは真実。物事の五要素、地・水・火・風・空に満ちながら、そのどれにも限定されることがなく、変化や束縛もうけず、永続する「存在」です。
クリシュナは、真実を理解することでのみ、無知から生じる不安や恐れを解き放てるといいました。真実を理解するために必要なものは、迷いのない知性と汚れなき心です。その方法として、クリシュナは『カルマヨーガ(行いのヨーガ)』の態度で行ないをし、心の中の矛盾やわだかまりをなくすことをアルジュナに伝えました。
行ないを自分の「好き嫌い」という思いで満たすためでなく、調和のために果たすことを「カルマヨーガ」といいます。この態度で行ないをすることによって、心の迷いや不安はなくなります。行いの結果にこだわる執着をなくし、心を静め集中すること。欲望と乱れる心を収めること。その大事さを伝えながら、迷いや乱れの原因である「無知」を取り除くことについてクリシュナは語りました。
クリシュナは、カルマヨーガ(行いのヨーガ)』によって、心の平静を得ることができる事を諭し、アルジュナに『ヨーガ』の態度で戦いに臨むようにいいました。戦いが嫌だから逃げるのではなく、『クシャトリヤ(武士)』として、自分に与えられた『ダルマ(義務)」を遂行する役割に励むべきだ、とアルジュナに忠告しました。
「好き嫌い」という気持ちで行ないをし、『ダルマ(調和)』の範疇を越えてしまうことを改め、すべきことを果たし、期待する結果に執着することを手放すことが『カルマヨーガ(行いのヨーガ)』の態度です。それによって人は、『アートマン(真我、真実)』の知識を確立する心の準備ができます。
『アートマン(真我、真実)』は、この世界のすべてを支える「存在・意識」であり、変ることがなく、時間や空間に束縛されることがありません。この『アートマン(真我、真実)』が自分自身の本質であると理解することで、成功や失敗、喜びや痛みという自分自身以外の現象に心を乱されることがなくなります。
『バガヴァッドギータ―』は自分を苦しめているすべての原因は、自分自身の真実を知らない「無知」であるといいます。そして、「無知」を取り除くことが、真実の知識を理解することであり、その理解のための方法を『ヨーガ』として教えます。
クリシュナの話を聞いてアルジュナは、
「真実を確立し、安定している人はどういう人なのか? どんな特徴があるのか? 知識を理解する人はどんな風に話し、座り、歩くのか?」と聞きました。
クリシュナは、「真実を理解する人は、自分自身以外の物事や状況に乱され、影響されることがない」と言いました。そして「アートマン(真我、真実)」を理解すること、つまり真実に立脚するとはどういうことかを語りました。
賢い人は物事をラーガ・ドヴェーシャ(好き・嫌いの思い)で判断することがありません。自分の元へやってくる物事に対して、何が来ても受けとめることができるといいます。自分に起こる物事や状況は、自分がした「行いの結果」であることを知ります。あらゆる「行ない」は、「行いの法則」を通して「結果」として人に与えられる、というこの全体の法則と流れを知り、「結果」を自分に贈られたものとして受けとめられる態度が備わる賢者は、物事や状況に心を奪われることがありません。亀が手足頭を完全に引き込められるように、彼は感覚器官や思いを自分でコントロールできるといいます。
真実を知るから、自分自身以外のことに簡単に操られたり、惑わされたりしなくなるのです。賢い人はどんな場所や状況にありながらも、それらに影響されることなく、自由であるといいました。
クリシュナは感覚器官のなすがままになる人の心を、風に動きを奪われた水の上を漂う船のようだと例えました。欲望という嵐が人の心を揺らし、適切でない行いを取らせます。しかし、真実を理解する人は、欲望や迷いの嵐に翻弄されることがないといいます。
また無知な人にとって、「真実」は夜のように見えず、賢者にとっては「真実」は明るくはっきりした昼のようであるといいました。真実を知る人にとって本質的な実体のないこの世界は夜のようであり、知らない人にとって昼のようであると例えました。
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