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2016年03月04日21:42

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言志四録「人に背かれても」



【訳文】
「たとえ人が自分に背くとも、自分は人に背くようなことはしない」ということは、誠に立派なことである。
自分もまた、「人が自分に背くときは、自分が背かれるようになった理由を自ら反省して、それをもって、自分を磨く土台とすべきである」と思う。
そうすれば、自分にとって大きな利益になる。どうしてこれを仇敵と見ることができようか。

【原文】
「寧ろ人の我に負(そむ)くとも、我は人に負くなからん」とは、固(まこと)に確言となす。余も亦謂う、「人の我に負く時、我は当に吾の負くを致す所以を思いて以て自ら反りみ、且つ以て切磋、砥礪(しれい)の地と為すべし」と。我に於いて多少益有り。烏(な)んぞ之を仇視すべけんや (言志後録11)


【解説】
秀吉がまだ木下藤吉郎といった時代、その下にいた者のうち、こんな主人に使われても望みがないから暇をとろうと申し出ると、藤吉郎は、「そうか」と言って許すと同時に、「長い間世話になったが、外に行っても面白くなかったら、何時でも俺の所に戻って来いよ」といって別れの酒を酌み交わすのが常であった。
そうすると、即座に「それでは思いとどまります」という者もあり、出て行った者も戻って来て、また、藤吉郎の配下になったということである。
即ち、人、我に背くとも、我、その人を背かず、自ら反省するところに修養の基礎があり、人物の大きさがあるのだ。・・・・川上正光全訳「言志四録」(講談社文庫)。

女房に逃げられたとき、多くの男は「裏切られた」というが、逃げられるように仕向けたのは、実はほかでもない自分であることに気がつくものは意外に少ない。優秀な社員がスカウトされてしまうのも、その会社がその人に見合うだけの条件と環境を与えていなかったからである。・・・・岬龍一郎編訳「言志四録」(PHP)



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