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2016年02月21日09:21

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「バガヴァッド=ギーター』を読む


インターネットより。
http://www.h2.dion.ne.jp/~mogiseka/article/081024gita.html

今日は趣向を変えて、古代インドの哲学書『バガヴァッド=ギーター』を紹介します。バガヴァッドは「聖者」、ギーターは「歌」。インドの2大叙事詩の一つで、教科書にも必ずでてくる『マハーバーラタ』の第6巻に収められています。ヒンドゥー教の聖典としては『マヌ法典』が有名で、これが日々の生活の細かな指針であるのに対し、『ギーター』は宇宙論、人生論を含む高度な哲学書です。

舞台は古代インド。バーラタ族の王位継承戦争に臨む王子アルジュナ。しかし、欲望のため、同族が殺しあうこの戦争に、何の意味も見出せず、彼の心は沈んでいます。

落ち込んでいるアルジュナ王子を励ますのが御者(ぎょしゃ)のクリシュナ。実はクリシュナは、全宇宙を支配する最高神ヴィシュヌが人間に化身(けしん)したものであることを、アルジュナはまだ知らない。

「クリシュナよ。戦いにおいて親族を殺せば、良い結果にはなるまい。私は勝利を望まない。王国や幸福をも望まない」

シャカ族の王子ガウタマ=シッダールタは、「王国や幸福をも望まず」、出家して仏陀(ブッダ)と呼ばれました。彼は現世を否定し、魂の平安を求める教え、仏教を開きます。ところが『ギーター』の中でクリシュナは、世を捨てて出家しろ、とはいいません。

この世=物質世界には何ひとつ永遠なものはなく、すべては虚しい。人の肉体もまた、必ず老いて滅びゆくもの。しかし魂(アートマン)は不滅であり、肉体を離れたのちも、永遠に存在する。アートマンは、宇宙全体の生命体(ブラフマン)の一部がこの世に現れたものであり、死と再生を繰り返したのち、最終的にブラフマンに回帰する。これが、仏教・ジャイナ教・ヒンドゥー教に共通する理論(ウパニシャッド哲学)です。

人が古い衣服を捨て、新しい衣服を着るように、主体は古い肉体を捨て、他の新しい身体に行く。

生まれた者に死は必定(ひつじょう)であり、死んだ者に生は必定であるから。それゆえ、不可避のことがらについて、あなたは嘆くべきではない。

あなたは自分の義務(ダルマ)を考慮しても、慄(おのの)くべきではない。貴族(クシャトリヤ)にとって、義務に基づく戦いに勝るものはないから。

あなたは殺されれば天界を得、勝利すれば地上を享受するであろう。それゆえ、アルジュナ、立ち上がれ。戦う決意をして。

人の生死には大した意味はない。貴族の義務は戦うことである。だから義務を果たして戦え、という。

それでは人間の行動に、善悪・道徳の基準は必要ないのか? 良い行いは良い結果を招き、悪い行いは悪い結果を招くという因果応報の教えは、間違っているのか?

あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。

それゆえ、執着(しゅうちゃく)することなく、常になすべき行動を遂行せよ。実に、執着なしに行為すれば、人は最高の存在に達する。

こういう結果が出るだろうと期待したり、あんなに何々したのにこんな結果しか得られなかった、と不満を持ったりするのは、結果に執着しているのである。正しい行動とは、結果を気にしないで、自分がなすべきことを行うことである、といっているのです。

この世=物質世界の束縛から解放されて、もはやこの世に生まれてくること(輪廻(りんね))がなく、宇宙全体の生命体であるブラフマンに回帰すること解脱(げだつ)を、仏教では追求します。しかし、『ギーター』では、日常生活を修行の場と考え、結果に執着しない行為を繰り返すことで、解脱の境地が得られると説くのです。

意(こころ)が平等の境地に止まった人々は、まさにこの世で生存(輪廻)を征服している。

知性が確立し、迷妄(めいもう)なく、ブラフマンを知り、ブラフマンに止まる人は、好ましいものを得ても喜ばず、好ましくないものを得ても嫌悪しない。

まさにこの世で、身体から解放される(死ぬ)前に、欲望と怒りから生ずる激情に耐えうる者は、専心した幸福な人である。

アルジュナの心が落ち着いてくると、クリシュナは自らの本性を明らかにしていきます。

私は過去、現在、未来の万物を知っている。アルジュナよ、しかし何者も私を知らない。

この全世界は、目に見えない私によって遍(あまね)く満たされている。万物は私のうちにあるが、私はそれらのうちには存在しない。

神は、宇宙の外側にいるのではなく、宇宙そのものが神によって満たされている。こういう思想を汎(はん)神論といいます。ヨーロッパでも、正統派キリスト教に対する異端思想として、新プラトン主義者、ジョルダーノ=ブルーノ、スピノザがこれを唱えています。

中国の道教や、日本の神道(しんとう)も、ありとあらゆるものに神を見出す(八百万(やおよろず)の神々!)ので汎神論に似ていますが、宇宙全体が一つの神という発想はありません。インド人は、すべての神々、人間、動植物、無生物にいたるまで、最高神の現われであると考えます。そういう意味では、一神教的な多神教です。この最高神(最高存在)を、ウパニシャッド哲学ではブラフマン、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神、またはシヴァ神と呼びます(宗派によって最高神の呼び名は異なる)。

アルジュナの迷いは消え、クリシュナを最高神の化身と認めます。最高神の真の姿を見てみたいというアルジュナの願いに答えて、クリシュナは変身します。

もし天空に千の太陽の輝きが同時に発生したら、それはこの偉大なお方の輝きに等しいかもしれない。

その時、アルジュナは、神の中の神の身体において、全世界が一同に会し、また多様に分かれているのを見た。

新約聖書の『ヨハネ黙示録』を思い出すような恐ろしい描写です。1945年7月、米国ニューメキシコ州で、人類最初の核実験に成功した天才物理学者オッペンハイマーは、はじめて原爆の閃光とキノコ雲を見て、この「千の太陽が…」の一節を口にしています。彼は大学時代に、『ギーター』を読んでいたのです。

私は世界を滅亡させる強大な時間(カーラ)である。諸世界を回収するために、ここに活動を開始した。たとえあなたがいなくても、敵軍のすべての戦士たちは生存しないだろう。

それゆえ、立ち上がれ。敵を征服して、繁栄なる王国を享受せよ。彼らはまさに私によって、前もって殺されているのだ。あなたは単なる道具となれ。アルジュナ。

インド独立運動の指導者ガンディーも、『ギーター』を人生の指針とし、自らを「道具」として独立運動に生涯をささげました。「偉大な(マハー=)魂(アートマン)(マハトマ)」と呼ばれたガンディーの不屈の精神の源が、ここにある。

さあ皆さん、迷いは消えましたか?



参考図書1.『バガヴァッド=ギーター』 上村勝彦訳(岩波文庫)
参考図書2.『バガヴァッド=ギーターの世界』上村勝彦訳(ちくま学術文庫)…岩波版『ギーター』の訳者による、わかりやすい解説書。



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