そのときは、今は国のために命でさえ捧げねばらないときだから、軍の命令とあらば当然飛行機の仕事もしなければならないという気持ちが半分は占めていたけれども、あとの半分は、おれがやらなければダメだという、世間に対して多少てらう気持ちがあったことも、本当である。
それは大きな戦争のためにやった仕事だから、個人的に失敗したとは思わないけれども、それをやったがために、あとの苦しみがひどかったから、人生の失敗というものは、ああいうところにあるのだということを深く味わったわけだ。
今日ふり返ってみると、私が断ろうと思えばできないこともなかったわけだ。私はやりたいと思うけれども、お国のための仕事はこんなにある。それすらも十分にできないのだ。その上さらに飛行機をと言われても、それでは両方とも満足にご奉公できなくなるから、国のためを思うてお断りします。そう言えば立派な答弁だ。それを言わずにそれもひとつやりましょう、と引き受けたところに、自分の気負ったところがあったのだ。
だれでも人間である以上そういう気持ちはある。それは、体裁よくいえば理想ともいえるし、夢ともいえるけれども、一つはそこにてらう気がある。
社会に対して自分を誇示したいという気が、人間いくつになってもあるものだ。それは個人の仕事の範囲であろうが、会社の仕事であろうが、あるいは国の仕事であろうが、人生の失敗は全部、そういうところから芽生えるように思う。
今度の大戦(注:太平洋戦争のこと)も、やはり軍が、よし、世界にひとつ覇をとなえてやろうといって、ちょっと生意気なところがあったのだと思う。私は気楽な人間だから、細かい失敗といっても、ほとんど記憶に残っていない。しかし、詳細に見れば毎日毎日失敗しているようにも考えられる。そういう考え方は別としても、大きく事業的に考えて失敗だったと思い、なるほどああいうときには注意しなければならない、と自覚したのは、このときであった。
・・・・「仕事の夢 暮らしの夢」(PHP)より。
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