昨日の日記で述べた山元加津子に関してのお話です。以下、鈴木啓介「魂を磨くアセンションを阻む闇の手口」(ビジネス社)からです。
私のワークスタッフでこんな経験をした例があります。
彼女は人間的な悩みや苦悩を持っていますが、見せかけではない本物の愛を持っている人で、その愛を行動により現実化していくタイプの活動家です。
彼女は私のワークスタッフ以外にも仕事の傍らでいろんな活動をしています。ある時彼女は、病気や障害を持つ子どもたちも含め、すべてのものは必要があって存在し、ひとりひとりがかけがえのない生命なんだ・・・・ということを描いた養護学校教諭の山元加津子さんのドキュメンタリー映画『1/4の奇跡』の上映会を企画しました。
上映の実現に向け、行動派の彼女はインターネットや電話は使わずに、直接いろんな会場に足を運ぶ方法をとり、上場会場の空きがあるかを当たって廻りました。
しかし、監督の入江富美子さんの講演やイベントも同時にやりたいので「隣同士の3部屋が連続で空いていること」という難しい希望がありました。
そのため、なかなか空いている会場に巡り合えず、努力の甲斐も虚しく10月の上映会予定を控えた2ヵ月前の8月になってもまだ会場が見つかりませんでした。かなり切羽詰まった状況になってしまったのです。
そんなある日、会社から出ようとした時に彼女は同僚が車で退社するところに出くわしました。
駅まで送ってくれるとのことなので感謝して車に乗りました。しかし、その前に人からとある会場のことを教えられていたので、無理をお願いしてその同僚にその会場まで送ってもらうことになりました。
会場に到着後、同僚に車で待ってもらい、早速事務所に申し込みに行ったのですが、案の定2ヵ月前でしかも土日三部屋連続なんて空いているはずもありません。
10月を希望しているにもかかわらず、「平日なら来年3月、土日なら来年5月になります」と言われ、彼女はうなだれて車に戻りました。
かなりの時間同僚に待ってもらっていたので、お詫びに食事を奢ろうと最寄りのレストランに向かう途中、彼女はバッグの中から携帯がなくなっていることに気が付きました。
呆れる同僚にお願いをして自分の携帯に電話してもらったところ、先ほどの事務所の人が出て、「忘れ物をここで預かっている」とのことでした。
バッグから出した記憶がないのに何故? と不思議に思いながらも、彼女はまたまた同僚に平謝りをして会場に戻ってもらいました。
事務所前に戻り、恐縮しながらドアを開けて彼女を待っていたのは・・・・、
そこの職員さん一同の「驚嘆の声」でした。
「必然ですか?」「普通、有り得ないですよね」「ビックリしました」「奇跡ですね」・・・・。
なんと彼女が事務所に戻るほんのわずかの間、そのたった数分の間に隣接した3部屋一つずつに立て続けで3件連続キャンセルの電話が入ったというのです。
彼女はお蔭でそこの会場を抑えることが出来、企画した10月の上映会は大盛況のうちに終わりました。
これは典型的な例になりますが、「宇宙の愛を表現」した映画を、「宇宙の愛を持った人」が、「信念と情熱」のもとに、「地道な努力を絶やさず」に、あきらめずに行動すれば、それは必ず報われるのです。
これがシンクロニシティの原理です。
・・・・・・以上。
わたしごとですが、今から10数年前の平成15年、皆様にお役に立つのではないかという思いで、小冊子『痴呆と生活習慣』をある印刷会社に依頼し、作成したことがあり、皆さんにボランティアでお届けしたことがありました。
大変に好評で多くの方からご要望が多くなりましたので、印刷代の実費だけを戴き800冊郵送しました。
その直後からです。ビックリするようなシンクロニシティが毎日のように続き、私にとって、都合のよいことが次から次へと、これでもか、これでもか、と私に見せつけるよう連続して起こりました。
私の思いを知りきっている、何かの存在がある、そしてそれは、私のすべてを見ているという実感すらしました。
人生には集める生き方(金、名誉、称賛等々)と与える生き方(人への優しさ、手助け、勇気づけ、寄付行為等々)がある。与える生き方が大切である、ということを心から悟りました。
最近はそういうこともありませんが、それ以来、与える生き方が大切で、ともかく与えること、与えて、与えて、与えっぱなしでもいい、必ず、これが宇宙に喜ばれる生き方だ、これが宇宙の法則だ、と信念的に思えるようになりました。
与えて、与えて、それで返ってこなくてもいいではないか、自分がそれだけいいこと、徳積みをしたのだから・・・・、という気持ちです。
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