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2016年01月10日16:30

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な根譚前集24「汚物の中からも」



【現代語訳】
堆肥で湧いた「うじ虫」は極めて汚いが、変身すればセミになり、秋風の中で露を飲む。
腐った草に光はないが、変身して「ほたる」になり、夏の月夜に光彩を輝かす。
潔(きよ)いものは、いつでも汚れたものから生まれ、明るいものは、いつでも暗いものから生まれる。

【原文】
糞虫(ふんちゅう)は至穢(しわい)なるも、変じて蝉となりて露を秋風に飲む。
腐草(ふそう)は光なきも、化して蛍となりて釆(さい)を夏月に耀かす。
周に知る、潔きは常に汚れより出で、明るきは毎(つね)に晦(みそか)より生ずるを。



【所感】
中国の言い伝えのなかに糞虫(くそむし)が化して蝉となり、また腐草が化して蛍となるとあります。

潔白は汚穢から生れ、光明は暗黒から生まれる。しかし、同時に汚濁は潔白から生まれ、暗黒は光明から生まれる。つまり、潔白と汚穢、光明と暗黒は、それぞれ対立する二物でありながら実は一物であり、一物でありながら実は対立する二物なのである、

それは潔白と汚穢、光明と暗黒だけがそうなのではない。善と悪、貴と賎、大と小、安と危、成功と失敗などもそうであり、おしつめれば、世の中のすべての事物がそうである。

そこで、われわれは、それらを一物として認識するとともに、対立する二物としても認識しなければならない。

たとえば、失敗してもいたずらに失望せずに、さらに工夫をかさねて努力し、ついに成功したとする。この場合、まさに失敗は成功の母であり、成功と失敗は一物である。しかし、失敗して絶望し、そのまま投げ出してしまえば、永久に成功することはない。この場合、成功と失敗は対立する二物となる。この両者をよく認識すれば、われわれは生きる上で限りない勇気をふるいたたせることができるだろう。古来、貧弱な境遇に押しひしがれた無気力な人生を送った人々は、無数にあるだろうが、その貧窮な境遇から、また、多くの英傑が生まれていることも事実である。
・・・・野口定男「菜根譚」より。


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