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2016年01月10日10:02

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葉室頼明氏2「無我の手術を求めて」


公家の家に生まれて

私は公家の出身です。
私の家はどういうわけか男の子が育たない家で、男の子は、みんな若くして死んでしまう。おじいさんも親父も皆、養子です。おばあさんは13人兄弟ですが、13番目の一番下の女の子であったのに、おばあさんが養子を迎えて家の跡をとるという、摩訶不思議なことが起こりました。上の男の子が全部死んでしまったんですね。

母に育てられて

それでどうしても、私を死なせてはいけない、どうしても育てあげなければいけないというので、私だけを母が24時間そばに置いて育てたわけです。そして何をやったかというと、信心なんです。

神社へ参ったり、お寺に行ってお坊さんの話を聞いたり、そんなことばかり小さい頃からやらされて、何でもかんでも、おふくろが神様のおかげ、仏様のおかげと、耳にたこができるほど聞かされて育ちました。そういうことが私の人生に非常に影響したと思います。

おふくろは、私に「勉強しなさい」とはひとことも言ったことはありませんでした。勉強より健康が大切だといい、外で遊びなさいという。そのおかげで成績はクラスのビリのほうでした。

しかし、私は子供の頃から、なぜか、何でもいいから世界一になりたいと思っていました。というのは、葉室家というのは何か特別の家で、私は公家の御曹司をのぞいて、裸の私個人としてどれだけの力があるのか、値打ちがあるのか、ということを考えて、何としてでも世界一になって、自信を持ちたいと、思っていたのです。

学習院時代

学習院で中2のとき、寮に入りました。そこへ東大に入った先輩がハッパをかけに来るのです。

ある時に「世の中は生存競争なんだから、周りの友だちは友達と思うな。友達でもなんでも、何人、蹴落としたら東大に入れるかという、それぐらいの気構えでなければ東大なんかは入れっこない」と言うのです。

私はおふくろから何でも神さまのおかげ、仏さまのおかげと言われてきたので、
「先輩、それは間違っているのではありませんか。神さま、仏さまは、友だちを蹴落とさなければ自分が幸せになれないような、そんな世の中を作ってはおられません。今一生懸命勉強して、後の結果は神さま、仏さまはちゃんと導いてくれるのだから、友だちを蹴落として幸せになるというのは間違っています」と言ったのです。

すると先輩から、コテンパンにやられ、首根っこをつかまれて、みんなの前で、
「見ていろ、こういうヤツを世の中の敗北者と言うのだ。こういうヤツのマネをするな」と言うんです。

それで、こんちくしょうと思って、そんなことを言うんだったら、僕の言うのが本当なのか、先輩が言うのが本当なのかやってみようじゃないか思ったのが始まりで、そのまま私の人生を来てしまったんですね。

2年の2学期、たまたま成績がトップになりました。みんな唖然としていました。そうすると、おふくろがPTA(当時は父兄会と言っていた)に行くと、他の人たちから、すごいねと口々にほめられ、ものすごく嬉しそうな顔をしているのです。
この時から、おふくろを喜ばすために本気になって勉強しようと、人の何倍も勉強をするようになりました。

終戦後、姉が大野外科という大阪で一番大きな外科病院の院長のところに嫁いだのです。その姉が、私に大阪に来てくれないかと言うのです。

病院は大きくて、義兄が、男一人でやるのは大変なので、医学部に入って、医者になってくれと姉が言ってきたのです。
 
そうしたら母が、これは神さまのお導きなんだから、お前、行って、姉さんを助けてあげなさいと言う。それだけのことで阪大の医学部を受けることになったのです。

阪大医学部へ

医学部で行う新入生全員にたいする身体検査で、強度の肺結核であることがわかり、即刻入院せよということになりました。
大学に入ったばかりで、すぐ入院というのはと断って、薬だけ貰っていました。
そんなある日、大喀血してそのまま意識を失ったんです。

さっそく阪大病院に入院というになりましたが、食欲は全くなく,足は衰えて立ち上がれない。教授からも、
「お前生きていたら幸いと思え、もうだめだろう」
というようなことを言われて本当に死というものが近づいてきたという思いでした。
両親も驚いて東京より飛んできて、東京へ連れて帰ることになりました。当時のことです。寝台列車もなく、戸板みたいなものに寝かせられて、帰っていったんです。

帰る朝に、下宿のおばさんがいて、いろいろ信仰している人ですが、
「葉室さんはお医者さんだから、釈迦に説法になるかもしれないけれど、人間というのは自分で生きているんじゃないんですよ。神さまの力によって生かされているんですよ」
と言って、
「退屈だったらこの本を読んでみてください」
と一冊の本をくれたんです。

読む気はなかったのですが、汽車の中で何をすることもない。しかたなしに、寝ながら読んだんです。あとで知ったんですが、岡山大学の産婦人科の先生で、生長の家の幹部の人が書いた本でした。
それを読んで愕然としました。自分が今まで考えたことと全然違う世界が書かれてあるのです。

人は生かされて生きているということがずっと書いてある。それを読んでいたら、感激して、涙が出て、涙が出て止まらないのです。そのとき、私には欲がなくなってしまっていたのです。死というものが目の前に来ると、生きたいとか、医者になりたいとか、自分では気がつかなかったのですが、そんな欲望は全部なくなっていました。無我になっていたんです。

そこへ、そういう本を読んだものですから、泣けて、泣けて、泣き続けて、東京まで一冊の本を全部読んでしまった。

奇跡の男になった

東京駅に着いたら、僕はホームへ立ち上がりました。あちらを出るときは、立ち上がるどころか、起き上がる力もなかったのですが、東京駅で立ち上がっているのです。自分でもなんで立ち上がれるのか、と思ったくらいです。おふくろが寝ろと言いますので、また寝て、車で家まで帰ったのです。

あまりにも元気になったものですから、
「おかしいな、僕、病気治ったのかな」
と言うと、お袋が馬鹿なことを言いなさんな、治るはずはないのだから・・・・と。
そこで知り合いの東大の内科の先生に頼んで検査をしてもらったのです。

そうしたらその先生は、
「お前は病気ではない、私が保証する」
と言うのですね。

そのまま大阪に帰って、阪大の教授に診てくれと頼みました。すると、
「お前の体は嫌というほど診たのだから、もう診る必要はない」
というのを無理に頼んで診てもらいました。
そうしたら病気が治っているどころではなく、なくなっていたんです。当時、結核というのは不治の病いといわれていました。そんなことが医学で起こるはずはないという。起こるはずはないといったて、起こってしまったんだから・・・・・。それで奇跡の男ということになってしまいました。



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