次のお話は「幸せを呼ぶ奇跡のお話」(集英社)からです。
ロバート・アドキンズは、52年のあいだ、親友のロイ・スタンプは死んだものと思っていた。事切れた友人の顔を膝に抱き、衛生兵が認識票を取り去るのを見つめていたのだから。
「小隊の全員が、ロイは死んだと思っていたんだ」
1996年4月のある日、オハイオ州ローレンにあるセント・ジョセフ・リージョナル・センターの待合室で、ロバートは見ず知らずの他人相手にしゃべっていた。
ロバートはそのとき、妻のワニタの白内障手術が終わるのを待っていたところだった。おしゃべりの相手も、義兄の手術に付き添ってきていた。
話題はいつのまにか第2次大戦にうつっていた。
「うちの部隊はオランダに駐屯していて、仲間が対戦車地雷の信管をはずす作業中に爆発が起きてね」ロバートは語った。
作業をしていた兵士は死に、親友のスタンプは頭や胸など数ヶ所に地雷の破片を受けた。一番ひどかったのは頭で、ざっくり割れた傷口に、ロバートは夢中でハンカチを押し当てた。自らも額に傷を受けたことなど気にも留めなかった。
驚いたことに、おしゃべりの相手も、1944年当時、第787対空部隊にいたことがわかった。あまりの偶然に信じられない思いで、2人はまるでお互いをテストするような質問をし合った。
「二等水兵の名前は?」ロバートは尋ねた。
相手の答えは正しかった。「その戦闘で、誰が死んだのかい?」と、質問が返ってきた。
「今も言っただろう、親友のロイ・スタンプが死んだ」ロバートは答えた。
相手はにっこりした。「がっかりさせて悪いんだが、おれはこのとおりピンピンしてるぜ」
ロバートは驚きのあまり口もきけない。「こいつ、心臓麻痺でも起こすんじゃないかと思ったね」スタンプはその時のことを思い出して言う。
最初のうちは奴だとわからなかった。でも、奴が自分の愛称は「スループ」だと言ったのでピンときたのさ。
本人である証拠に、スタンプは色褪せた除隊証の写しと運転免許証を取り出した。それから2人の男は強く抱き合った。
スタンプは重傷を負ったが、死んではいなかったのだ。小隊の隊員たちは、てっきり彼は死んだものと思っていた。野戦テントの中で緊急手術を受け一命をとりとめ、ベルギーの病院に移送されて18ヶ月間入院していた。全身に42ヶ所の傷を負い、頭にはいまでも金属プレートが埋め込まれたままだ。
退院したときには終戦で、所属部隊の仲間たちの消息はわからずじまいだった。
死なずにすんだのは、彼のおかげだと思っている・・・・それに胸ポケットに入れておいた、軍配給の聖書と年鑑と辞書が1冊になった本と、革の財布のおかげだ。地雷の破片は財布と辞書を突き抜けたものの、心臓までには達しなかったのだ。
運命のいたずらか、2人とも終戦後オハイオ州ローレンに移り住み家庭をもった。50年以上ものあいだ、2人はほんの数マイル離れた場所に暮らしていながら、そのことを知らなかったのだ。
「週に、3、4回は奴の家の前を車で通っていたのに、まさか奴が住んでいようとは夢にも思わなかった」ロイ・スタンプは言う。
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