【収録曲】
1 シルヴィウス・レオポルト・ヴァイス: シャコンヌ 変ホ長調
2 J.S.バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第1番 ハ長調 BWV1007(佐藤豊彦編)
3 シルヴィウス・レオポルト・ヴァイス: シャコンヌ イ長調
4 J.S.バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第3番 ト長調 BWV1009(佐藤豊彦編)
5 シルヴィウス・レオポルト・ヴァイス: シャコンヌ ト短調
佐藤 豊彦(リュート,ロレンツ・グライフ1611年製)
録音: 2014年4月,霧島国際音楽ホール「みやまコンセール」
Carpe Diem Records CD−16305(セッション)
リュートを聴いてみたいと最初に思ったのは,STINGの“Songs From The Labyrinth”から強い印象をうけたとき。STING自身やエディン・カラマーゾフが弾くリュートやアーチリュートの独特の雰囲気に魅かれた。まず手始めに,J.S.バッハのリュート曲を聴きたかった。
リュート奏者,佐藤豊彦の演奏によるJ.S.バッハとシルヴィウス・レオポルト・ヴァイスの作品を収録したアルバム。佐藤豊彦は立教大学在学中に皆川達夫から音楽史を,他にギターと作曲も学ぶ。後にスイスに留学し,バーゼルのスコラカントルムでリュートを学ぶ。レオンハルト,ブリュッヘン,コープマン,クイケン兄弟などと共演する。リュート界の第一人者として世界的に活躍しているという。
このディスクで,佐藤が使用しているリュート「グライフ」は,「1611年にドイツのインゴルシュタットで作られ,1673年に11コースのフランス式リュートに変換された」名器だそうだ。佐藤が「グライフ」を弾くとき,「リュートの中に居る多くの魂(霊)を感じることが出来る」という。続けて「グライフには過去のリュート奏者たちが名器にしたのです。それらの魂と会話(共感)することによって『無』(=無限」の境地により近づくことが出来るのを私は大変ありがたく思っています」と書いている。名器は製作者ではなく演奏者によってつくられ,そこには歴代のリュート奏者の精神が宿っていると明言しているのは,佐藤の繊細で鋭敏な感受性を物語っているようだ。
このアルバムは,J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第1番と第3番の前後をヴァイスのシャコンヌが挟む構成をとっている。シルヴィウス・レオポルト・ヴァイスは,作曲家というより各地の王侯に仕えた不世出のリュート奏者であり,1717年からはザクセン選帝侯の宮廷奏者としてドレスデンで過ごした。バロック組曲の形式によるリュート曲を多く残す。
ヴァイスの作品が,「バッハと異なるのは,演奏する中から生まれた音楽で,即興性もあり,感情の表現がストレートで分かり易い点だと思います。元来リュートは語る楽器ですが,その性能を知り尽くして,さらにその楽器で『歌う』と言うことにおいて最高の世界を作り出しています。それはこの3曲のシャコンヌで言い尽くされていると思います」と佐藤は書いている。
他方,多作な作曲家,J.S.バッハにしては,どういう理由か定かではないが,リュート曲は6作品ほどしか残していない。そのうちの2曲は無伴奏チェロ組曲第5番と無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番第2楽章のアレンジである。このアルバムに収録されているのは,無伴奏チェロ組曲第1番と第3番で,佐藤豊彦自身が編曲したものだ。J.S.バッハが第5番から編曲した「シュースター氏のためのリュート曲 BWV995」を録音しなかったのは,BWV995が14コースのリュートのために書かれており,11コースの「グライフ」では演奏不能だったから。11コースのリュートの最低音とチェロの最低音は同じ「C」であるなど,無伴奏チェロ組曲をリュートで演奏する好条件がととのっているとのこと。「グライフ」では右手の親指,人差指,中指が撥弦に使われるので,弓1本で弾くチェロより同時に多くの音を出せる。この利点を生かして,バッハの対位法を際立たせる演奏を心掛けたという。
佐藤豊彦が弾く2曲の無伴奏チェロ組曲を聴いて,この2作品がリュートのためのオリジナルな楽曲であるかのように,全く違和感がない。それどころか,リュート版の方がバッハの作品をより深く自然に表現しているようにさえきこえる。その理由が佐藤の編曲にあるのか,彼の演奏によるものなのか判断することは,私の能力を超えている。だが,遅めのテンポで弾かれる一音一音の明瞭なアーティキュレーションが説得力にみちた演奏の大きな要因といっていいだろう。さらに,アゴーギクとデュナミークの絶妙な変化によって,チェロによる演奏より的確にバッハの対位法の世界を描き出すことに成功している。
そして,演奏者自身がライナー・ノートに書いているように,この演奏は楽器との静かな対話の賜物であるように思う。つまり,佐藤の無伴奏チェロ組曲に対するイメージを「グライフ」に押しつけるのではなく,楽器の声に耳を傾け「グライフ」の持ち味を生かす演奏を心がけた成果をこのディスクで聴くことができる。そのことを最も感じるのはテンポ。この楽器が最も声を発しやすいテンポで弾いている。また,この楽器が語ることが最も伝わりやすいテンポで弾いていることも確かだ。さらに言えば,テンポの揺らぎも,音の強弱も,楽器の声に合わせて決めている節がある。演奏者はバッハの音楽と「グライフ」を媒介するだけでの「無」となっているようにさえきこえる。その背後に控える,これまで「グライフ」を弾いてきた数えきれないリュート奏者の声にも,佐藤が耳を澄ましている様がうかがえる。
ヴァイス(1686〜1750)は,J.S.バッハ(1686〜1750)の同時代人であり,バッハと同じくバロック音楽の形式で作品を書いた人物である。しかし,バッハと比較すると,感情の表出を得意とし,対位法を精緻に描くより,リュートを存分に歌わせる作品を書いた音楽家のようだ。バッハの音楽と比べると,ヴァイスは後のロマン派の作風を先取りするような作品を書いたといってもいいだろう。ブラームスがバロック音楽の形式で作品を書いたことと,細い線でつながっているようだ。もちろん,この線を引いたのはブラームスだが。
ヴァイスのシャコンヌでは,主旋律を浮き立たせ,美しく歌わせるような演奏。主旋律が響く世界も,心持ち甘美な音で成り立っているようでもある。この点では,バッハよりも時代の変化に敏感だったのかも知れない。ザクセンの宮廷リュート奏者に取り立てられた理由もこのあたりにあるのだろうか。
このCDを聴いて,バッハの音楽の強靭さにあらためて驚く。無伴奏チェロ組曲は,リュートだけでなくサクソフォンなどでも演奏されるが,演奏する楽器が変わっても,編曲されてもビクともしない堅牢さがある。計り知れないほどの音楽的な深みを秘めた作品であり,演奏する者の力量を露わにする音楽でもあることを痛感した。
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