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2015年04月18日14:43

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J.S.バッハ 『ゴルトベルク変奏曲』/マリア・ユーディナ

【収録曲】
J.S.バッハ: 「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」BWV988

マリア・ユーディナ(Pf),1899年(ネヴェリ)〜1970年(モスクワ)

録音 1968年1月
Melodiya MELCD1001874


「ユーディナに比べれば,グールドのバッハは赤ん坊」。これは某マイミク氏の日記で知ったリヒテルの発言。そのマイミク氏も曰く,「これは大人のバッハだ」。これを読んだ瞬間,何かひらめくものがあり,即座にこのCDの購入を決めた。ピアノによる「ゴルトベルク変奏曲」の演奏はグールドの旧盤と新盤を聴いたが,真正面から直球勝負を挑むような演奏を聴いてみたいとかねてから思っていた。


Wikipediaによると,マリア・ユーディナは,帝政ロシア時代の末期に,現在のベラルーシとの国境に近い町のユダヤ人居住区で生まれる。長じて,ペトログラード音楽院に進み,1923年に同音楽院の教授に就任する。音楽院では,ショスタコーヴィチと同級だった。また,彼女の葬儀では,リヒテルがラフマニノフを演奏した。ちなみに,ペトログラードは,サンクト・ペテルブルクの旧名。

バッハやベートーヴェンの演奏で名声を確立するとともに,ショスタコーヴィチやヒンデミット,さらには新ウィーン楽派など同時代の作品の演奏にも手を染める。また,ユダヤ人でありながらロシア正教を信仰し,彼女の心の中で宗教と音楽は分かちがたく結びついていた。そのため,反体制派を擁護するなどの言動により,教育活動や演奏活動を再三禁じられる憂き目にあった。どうやら,スターリンのお気に入りのピアニストだったらしく,彼女の卓越した才能に加え,こうした特別な事情も手伝って,ソヴィエト体制下でも,彼女はある程度自由に行動する余地が与えられていたのだろう。


音質の点を除くと,ほぼ思い描いていたとおり,大人の「ゴルトベルク変奏曲」。グールドの演奏も捨てがたいが,マリア・ユーディナに軍配が上がる。ただし,リマスタリングに際して音の歪みの補正やノイズの除去は放置して,劣悪なマスター・テープの音源をそのままCDに落としたような処理に関しては解せない。

演奏面では,まず,抜群の安定感を誇る「ゴルトベルク変奏曲」だ。ロシア・ピアニズムの伝統を受け継ぐピアニストらしく,深く強いピアノの響きで堅牢な音楽的世界を構築していく。とはいっても,骨組みばかりがやたらに目立つ作り物じみた演奏とは一線を画す。受け答えはごく自然でありながら,芯の強さを内に秘めている。そのような人物を髣髴とさせる演奏である。グールドを聴いているときは,無意識のうちに少し身構えてしまうが,マリア・ユーディナの演奏には安心して身を委ねることができる。

そして,テンポは総じて速めで,疾走感を感じる箇所も少なくない。やや硬い乾いたピアノの響きとあいまって,速いテンポで弾くことにより,チェンバロの響きを思わせる効果がある。だが,それ以上に,快調な速度で演奏することに伴う即物的な効果をねらったのではないだろうか。いや,意識してねらったというより,眼光紙背に徹して楽譜を読みこんだ結果,自然に形成されたイメージに忠実に従っただけなのだろう。すくなくとも,グールドの新盤や一部のチェンバロ演奏にみられる,思い入れたっぷりのロマンチックな演奏とは一線を画したいという意思を感じる。

もうひとつ特筆すべきことは,繊細で微妙なタッチが醸し出すチェンバロの響きのような効果だ。たしかに,強靭なタッチではあるが,その中からチェンバロの弦を爪が搔き鳴らすときの独特の響きがピアノで再現されているような気がしてならない。これは自分のイメージを勝手に投影しているに過ぎないのかも知れないが,このタッチの微妙さ加減についつい聴き入ってしまう。この独特なタッチについても,作為性はほとんど感じられず,楽譜から読み取ったイメージを表現したいという意欲が強く,その思いが指先に伝わり自然に生み出されたチェンバロ風のタッチなのではなかろうか。

天才だけに与えられた直観で捉えた楽曲の核心を,表現意欲に任せて濃厚に描くのではなく,一呼吸おいて知的な抑制とのバランスをとりつつ表現する点にこそ,マリア・ユーディナの「ゴルトベルク変奏曲」の真価がある。まさに「大人のバッハ」たる所以だ。バッハの鍵盤楽器のための作品の中で,最も気に入っている「ゴルトベルク変奏曲」を聴きたくなったら,いの一番にこのディスクを取り出すことになるだろう。某マイミク氏には,あらためて感謝申し上げます。


マリア・ユーディナの内面では,信仰と音楽とが一体化しているとされているらしいが,この演奏を聴く限りでは,カール・リヒターのように超越者に向かってバッハを演奏している様子はうかがえない。彼女の視線はバッハが書き残した楽譜を通り越して,天上の世界に向けられているとは思えない。妙な理屈になってしまうが,これは音が割れていたり,録音のノイズ・レベルが高いせいかも知れない。

この「アリアと変奏」の通称「ゴルトベルク変奏曲」は,バッハの弟子であるゴルトベルクが不眠に悩むカイザーリンク伯爵のために毎夜弾いたという逸話に由来する。そもそも,このエピソードの信憑性は低いとされているが,マリア・ユーディナの演奏を聴いて,この曲で眠気を催すとはますます考えられなくなった。バッハのどちらかというと世俗的な関心,対位法や変奏技法など知的な楽しみ,それに人間の情緒,とりわけ哀しみがモチーフになって出来上がった楽曲なのではないかという思いが一段と強くなった。だが,それこそが神の造った世界に奉仕することだったのかもしれないが。

無類の「ゴルトベルク変奏曲」愛好者として知られる,映画「羊たちの沈黙」などの登場人物レクター博士にも,グールド盤に替えて,たまにはこのCDを聴いてもらいたいものだ。


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