【収録曲】
J.S.バッハ
Disc1
1 無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007
2 無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008
3 無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009
Disc2
4 無伴奏チェロ組曲第4番 ホ長調 BWV1010
5 無伴奏チェロ組曲第6番 二長調 BWV1012
Disc3
6 無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV1011
7 チェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ ト長調 BWV1027
8 ヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタ ニ長調 BWV1028
9 ヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタ ト短調 BWV1029
ヴィーラント・クイケン
・チェロ: アンドレア・アマティの製作様式によるコピー,18世紀末〜19世紀初(組曲第1番
〜第5番)
・チェロ・ピッコロ: フィリップ・クイケン,2001年,東京(組曲第6番)
・ヴィオラ・ダ・ガンバ: ニコラ・ベルトラン,1705年頃(ソナタ)
ピート・クイケン
・チェンバロ: ジルバーマン派によるドイツ製チェンバロ(1740年頃)のコピー
アントニー・サイディ&フレデリック・バル,1995年,パリ
録音(セッション)
2001年9月24日〜29日(組曲第1番〜第5番)
2002年6月29日〜7月3日(組曲第6番,ソナタ)
サン=ジャン=ド・コール教会
Arcana A383
クイケン兄弟の長兄,ヴィーラントによる「無伴奏チェロ組曲」と,彼の息子,ピートと共演した「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」を収めた3枚組のボックス・セットを取り上げる。このアルバムは,先週再発売されたばかり。このセットは2004年にフランスの古楽レーベル「アルカナ」から2004年に発売されたものの,レーベルの創始者の死去と相前後して,レーベルごとイタリアの会社に売却され,最近,フランスの会社に移って以降,再発売が相次いでいるとのこと。
CD付属のヴィーラント・クイケンの解説によると,これまで多くの研究が積み重ねられてきたにもかかわらず,具体的にどのような「チェロ」を念頭において,「無伴奏チェロ組曲」が作曲されたのか明らかになっていないそうだ。バッハの時代,ヴァイオリン属の低音弦楽器を指す言葉は“Violoncello”をはじめ数多く存在しており,また,それら名称の使われ方はすこぶるあいまいだったらしい。用語の問題が楽器の特定を難しくしている。
第5番がピッコロ・チェロ,第6番が変則的な調弦のチェロで演奏することを想定していることは知っていたが,この作品の使用楽器にまつわる問題がここまで複雑きわまりないとは知らなかった。
さらに,当時の「チェロ」は5弦の楽器で,ヴァイオリンと同じ指使いをするよう指示する教則本が残っていたり,「チェロ」の音符がヴァイオリンのパートに書かれている譜面もあるという。バッハの作品の中には,ヴァイオリンの指使いでなければ弾けない音符の並びがあることも事実だ。ヴァイオリンの名手だったバッハが,ヴィオラ・ダ・スッパラでこの作品を演奏していたとも考えられるという。シギスヴァルト・クイケンがヴィオラ・ダ・スッパラで演奏した「無伴奏チェロ組曲」を聴いたことがある。
とはいえ,現代のチェロはストラディヴァリウスによって完成をみており,両脚ではさむタイプのチェロで「無伴奏チェロ組曲」を演奏していた可能性も排除しきれないらしい。したがって,この作品をどのような楽器で,どのように演奏するかは依然として謎だという。結局のところ,楽譜や楽器と正面から向き合い,そこから得られたインスピレーションをもとに,演奏者が自分なりの答えを見つけ出す以外に解決法はないとヴィーラント・クイケンはいう。そして,彼がたどりついた答えは「バロック・チェロ」。
この録音で使われたアンドレア・アマティ(アマティ一族の先祖)の流儀で製作された「バロック・チェロ」は,30年ほど前にヴィーラント・クイケンが手に入れたものだ。十分な時間をかけて,その楽器をじっくりと弾き込み,演奏者自身に馴染ませていった結果,「無伴奏チェロ組曲」はこのチェロで弾くべきだと確信したという。そうして,まずは演奏会で「無伴奏チェロ組曲」を取り上げるようになり,今世紀の初頭にレコーディングにこぎつけた。
全6曲の演奏時間を合せると163分になる。これまで聴いたことがないほど,悠然としたテンポの「無伴奏チェロ組曲」だ。1音たりともゆるがせにしないというヴィーラント・クイケンの強い意思が感じられる演奏である。おそらく,彼が長い時間をかけて楽器や楽譜と対話を重ねた結果,決まったテンポなのだろう。この重々しい足取りは,楽譜や関連資料から形成されたイメージをアマティーのコピーの響きで表現すると同時に,演奏者自身のバッハに対するイメージを投影した演奏という側面も併せ持っている。
さらに,どこかコントラバスを思わせる,深く重厚な響きの「無伴奏チェロ組曲」でもある。まるで,地霊のエネルギーをチェロの音色に変換したような凄味のある演奏だ。その凄味は,この作品がバッハの傑作であるにとどまらず,チェリストにとって唯一無二の楽曲である理由を示唆している。チェロという楽器を用いて音楽の核心部分へ迫る途がバッハによって切り拓かれた,記念碑的な作品であるとヴィーラント・クイケンは主張したいかのようだ。そして,バッハ以降,そのような途が永遠に閉ざされたとも。
とにかく,スケールが大きくて密度の濃い「無伴奏チェロ組曲」であり,熟すのに時間がいくらあっても足りないほど壮大な演奏。この作品の奥深さとともに,ヴィーラント・クイケンの力量の大きさに圧倒される。
さて,3曲の「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」は,古典派以降のヴァイオリン・ソナタやチェロ・ソナタと似て非なるものだ。楽曲は二重奏ではなく,バロック時代のトリオ・ソナタの形式で書かれている。チェンバロは独奏楽器の伴奏という役割を超えて,右手と左手がそれぞれ独立したパートを担当する。それにヴィオラ・ダ・ガンバが加わる。
そして,曲調も明るく楽しい娯楽的な要素が強くなっており,世俗的な色彩が色濃い作品といっていいだろう。これは音楽の形式や書法の違いによると同時に,チェロよりも軽い音色のヴィオラ・ダ・ガンバと華やかなチェンバロの組合せがもたらす効果でもある。もちろん,バッハの作品だけあって,音楽的な深みに欠けるわけではない。
とりわけ,この3枚組のセットで「無伴奏チェロ組曲」の後に「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」を続けて聴くと,2つの作品のコントラストがひときわ際立つ。まるで,3人の奏者が心ゆくまで室内楽を楽しんでいるようだ。いや,室内楽というより,協奏曲を演奏している雰囲気により近いかも知れない。
ただし,「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」のほかの録音と比べると,ややテンポの遅い重厚な響きの演奏といえる。どこか瞑想的でさえある「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」の演奏には,やはりヴィーラント・クイケンの個性が刻印されている。「無伴奏チェロ組曲」と同じように,この作品の演奏でも,楽器,楽譜そして演奏者の間で交わされた対話が凝縮されている。
そして,親子だから当たり前と言ってしまえばそれまでだが,ヴィーラントとピート父子の相性はすこぶる好い。とくに,父ヴィーラントの音楽性を内面化すると同時に,一人の独立した音楽家として不離付即のスタンスを保つ息子ピートの間合いのはかり方が絶妙だ。これだけでもとってみても,優れた演奏家であることの証だ。もちろん,秀でたテクニックの持ち主でもある。
このアルバムが届く前に想像していた演奏とそれほど大きな隔たりはなかった。しかし,「無伴奏チェロ組曲」では深い味わいの演奏の向こう側に,これほど広大で豊饒な宇宙が拡がっているとは予想していなかった。
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