【収録曲】
J.S.バッハ: 「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」BWV1001〜1006
ギル・シャハム(Vn)
録音 2014年6月24日,30日,7月1日,3日,バイエルン放送第2スタジオ,ミュンヘン(セッション)
Canary Classics CC14
ギル・シャハムによる「無伴奏ソナタ&パルティータ」の初レコーディングです。幼い頃から弾き続けてきたに違いないこの作品を,この作品に対する強い思い入れから,長い間レコーディングはおろか,公開の場で演奏することも控えてきた。演奏会で取り上げるようになったのは,およそ10年前からだという。そして,ついに昨年の初夏,満を持してレコーディングに臨む。
縦にしても,横にしても,どこから見ても,まぎれもないギル・シャハムの「無伴奏ソナタ&パルティータ」だ。どこをどのように切っても,ギル・シャハムの甘美なバッハがほとばしり出る。また,その美しい演奏には,唖然とするほどのテクニックが惜しみなく注ぎ込まれている。ギル・シャハムがバッハをどのように捉えているかを端的に表しているとともに,演奏者自身の音楽性を余すところなく示しているディスクといっていいだろう。
繰り返しになるが,とびっきりの美しさに彩られた「無伴奏ソナタ&パルティータ」。明るく,軽やか,そして柔らかい甘美な音色で造形されたバッハである。だが,美しい音色といっても,固く引き締まった,つややかで透明感あふれる華やかな響きとは,やや趣を異にする。以前よりも軽やかで乾いた柔らかなサウンドだ。まるでヴァイオリンの響きがパウダー状の微粒子となって飛散する様子が目に浮かぶよう。
そして,聴けば聴くほど,ギル・シャハムの巧さに息をのむ演奏でもある。ある意味で,これ以上望めないほどの技術的な完璧さを誇っているといっていいだろう。楽曲のディテールを余すところなく描き尽すというアプローチではない。テンポは総じて速めであり,ディテールの克明な描写よりも微妙なニュアンスの表現に焦点をあてた,繊細さを身上とする「無伴奏ソナタ&パルティータ」といっていいだろう。最初,このCDを聴いたときは,正直なところ物足りなさを感じた。でも,何度か聴いているうちに,起伏の小さい,速めのテンポで弾かれているにもかかわらず,アーティキュレーションに込められたイマジネーションの豊かさには筆舌に尽くしがたい。
実のところ,ギル・シャハムは,愛用の「コンテス・ポリニャック」(1699年製のストラディヴァリウス)を古楽演奏に近い仕様に変更したものを今回のレコーディングで用いている。この録音の準備の一環として,バッハ自身が弾いたヴァイオリンのサウンドに迫るため,バロック時代に使われたヴァイオリンの丸い弓,高い駒とガット弦をためしたそうだ。レコーディングの初期の段階では,モダンとバロック両方のセッティングを試みたものの,結局,古楽器に近いセッティングで録音したという。
このセッションを通じて,弓の持ち方,ヴァイオリンの支え方,弦を押さえるときの力加減など,ヴァイオリン演奏の基礎について多くを学んだと,ギル・シャハムは振り返っている。古楽的なセッティングでは,駒が弦をより高い位置で支えており,弦を指で押さえるときの感触がまるで違う。また,ガット弦の自然な音色や力を込めないヴァイオリンの鳴らし方から,多くのインスピレーションを得たという。さらに,バロック・タイプの弓を使うと驚くほど速くヴァイオリンを弾くことができることも発見した。
とはいえ,「無伴奏ソナタ&パルティータ」に対する解釈を大筋で変更する必要は感じなかったとも言っている。また,ノン・ビブラートで弾くことにこだわってもいないという。このCDでは,表現の技術的なレベルの違い,つまりガット弦の音色,軽快なアーティキュレーション,そして速めのテンポによって,この作品の表情が変化し,技術的にもより深化したということらしい。
大きな身振りの演劇というよりは,静かに語りかけてくる朗読といった風情の端正な「無伴奏ソナタ&パルティータ」といっていいだろう。そして,この演奏の根底にあるのは,バロックの精神というよりロマンチシズムだろう。ギドン・クレメール「無伴奏ソナタ&パルティータ」と好対照の演奏だ。
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