なわ・ふみひと氏は「2012年の黙示録」(たま出版)で次のように言っています。
この世界で身につけた財産や地位、名誉などがあの世に持っていけないことは理解できると思います。
この世を去ってあの世に行くとき、役に立つのは「身魂の徳だけ」ということです。
つまり、自分が高めた波動だけだということです。
「身に付いた芸」はそのまま役立つということですから、仕事や芸術の分野などで磨いた技術は新しい世界でも使えるということですね。
このことは、他のさまざまな霊界通信でも言われていることです。
「徳」の場合はやはり陰徳でないといけないようです。
新約聖書でもイエスが「天の蔵に積まれる」のは隠れてなされた善行だけだと教えています。
他者からの感謝の言葉や周りの賞賛を期待しての善行は、動機が不純ということです。それは本当に相手(対象)のことを思っての善行ではなく、自分のこと、つまり自分が何らかの評価を受けることを第一に考えての行為だからです。
聖書もそうですが、日月神示には「人に知られぬように徳積め」とくどいほど述べられています。
それは道徳的視点からではなく、霊的視点からの忠告なのです。つまり、人の波動を高めるために、あえて人に知られないところで善行を行なう必要があるということなのです。
どこからか見返りがくることを打算しての善き行為は、価値が小さいということです。潜在意識はその微妙な心の動きをきっちり把握してしまうからです。
また、陰で隠れて悪い行ないをすると、それもきっちり把握されます。
(以上)
隠れてすればするほどに光ってくるのが陰徳であると思います。
私の生涯をかけての大仕事です。「陰徳」、「陰徳」、「陰徳」・・・・。
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