「施した恩は思ってならぬ
受けた恩は忘れてはならぬ」
と言われます。
私自身、振り返ってみると、何か人にしたあげたとき、
無意識に見返りを求める気持ちが生じがちでした。
挨拶をしたのに・・・・・ 無視して。
これだけのことをしたのに、せっかく上げたのに・・・・等々。
そして、心の中で相手への請求書をどんどん大きくしていったものです。
お互いに求める心なくして、人に尽くすことができたら、
どんなに楽しいことでしょうか。
そのような思いがまだまだ残っている私に、
非常にさわやかさで印象深い言葉、
「隠し愛」という言葉を教えてくれました。
101歳で亡くなられましたが南無の会会長を歴任、元仏教協会理事・松原泰道師の言葉です
「やすらぎ通信」2008年春号から引用します。
調理のときには「隠し味」を使ってその料理を一層おいしくしますね。
しかし、その風味が強くては、隠し味にはなりません。
ですから、隠し味のコツは
「目立たないように、際立たぬように」といえるのではないでしょうか。
それと同じように、愛にもさりげなさが大切なのです。
誰かが困っているときには、
目立たないように、さりげなく救いの手を差し伸べる。
そのような、隠し愛から出た行為は相手には容易には伝わらないかもしれません。
けれどもそれがわかったときに、大きな感動を与えるものです。
たとえば、親が亡くなってから、初めてわかる親の愛情もあるでしょう。
私も百歳になった今、子供のときに言われた親の教えが
心に浮かんでくることがあります。
皆さんも穏やかでさりげない
「隠し愛」をもってお過ごしいただければと願います。
みんなが隠し愛をもてば、お互いを敬い、かばい合うことができるでしょう。
そうすることによってやすらぎのある社会が築かれていくと思います。
「恩は売ってはならぬ、恩は差し上げるものです」
とマイミクの麻結美さんに日記のコメントを通じて教えていただきました。
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