」
http://blogs.yahoo.co.jp/komoto1123/folder/764905.html
我々人間の誰もが、心の中に「良知」というものを持っているとも言われました。
この「良知」というものは、多少解釈があるようですが、
「人間が生れながらにして持っている、善悪を判断することのできる偉大な力」です。
江戸時代の中江藤樹先生は、
「良知とは、私たちの心に秘められた霊宝である」ともおっしゃいました。
王陽明は、良知を鏡に例えられました。
きれいで曇りのない鏡面が万物を正しく写すように、人もこのような曇りのない鏡(良知)を心の中に持っている。
もしこの心の鏡に曇りさえなければ、(良知によって)善いことは善いと判別し、悪いことは悪いと判別できる。
このような曇りのない心の状態に自分の心を常に保たなけれぽならない、つまり「良知」を常に明らかにしておかなけれぱならない。
しかし我々は、この「良知」をどのようにすれば常に明らかにできるのでしょうか?
その道を示す言葉が「致良知」(良知にいたる→良知にいたす)なのです。
王陽明に心酔し、深く学ばれた藤樹先生の教えは「致良知」という言葉に代表されます。
藤樹先生は、以下のように教えられました。
人間は誰でも生まれたときから、天から与えられた美しい心(良知)を持っている。
しかし私欲によってすぐに曇らせてしまうので、絶えず磨きつづけ、良知を鏡のように輝かせておく努力が必要である。
良知が明らかになれば、天と一体になることが可能になり、人生は安らかに幸福になれる。
では、我々普通の人間が、日常生活においてどのようにすれば「良知に致る」ことができるのでしょうか?
ここからが一番大切なところでしょう。それには、まずは
�ー�分の心の中にも良知という美しい鏡があるという事実を知り、実感(実際には想像)する、ことが重要だと思います。
��日常生活のなかで「五事を正す」ことが重要です。
1.貌(ぼう) なごやかな顔つきで、人と接すること。
2.言(げん) やさしい思いやりのある言葉で話しかけること。
3.視(し) やさしい澄んだまなざしで相手を見つめること。
4.聴(ちょう)人の話に耳を傾けてきちんと聞くこと。
5.思( し ) 人を思いやり正直であること。
藤樹先生は、良知にいたるには、日常生活においてこの五つのことを心がけなさいと言われました。
「五事を正すことによって、良知を常に明らかにすることができる」ということです。
確かに自分の心に私欲を持ったままだと、上記の五事を真に実践することは難しいように思います。
こうして、日常生活において五事を正し、良知にいたる努力を日々続けていれば、何かに迷ったときにも、素直に自分の心に問いかけてみればよいと思います。
もしも、自分の良知が曇っていなければ、必ず正しい答え・判断が帰ってくるはずです。
そして、いつも正しい判断ができるようになれば、今度は良知を明らかにすることによって少しでも世の中のためになることをする。
それは「良知に致る(いたる)」から「良知を致す(いたす)」段階に進むということです。
そうなればきっと、あなたの人生は安らかになり幸福になれると思います。
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