同志の交際は、恭敬を以て主と為すべし。和睦を以てこれを行ひ、一毫も自ら便利を択ぶべからず。狠(もと)って勝たんことを求むる毋(なか)れ。
以下、ネットより。
http://www.ningen-ryoku.com/nakaetoju.html
藤樹は弟子たちのことを同志と呼んでいる(吉田松陰も松下村塾の自分の弟子たちのことを共に学ぶということから同志と呼んでいる。孔子も論語の中で「吾れ斯の人の徒とともにするに非ずして誰と与にかせん」と述べて、人間同志でお互いに学びあうことの大切さを述べている)。
この文章は、この解説に述べられているように、藤樹書院(学舎)が建てられたときに書院訓(舎訓)として書かれた三ヶ条の中の第一条にあるものである。
同志の交際については、まず、恭しく、尊敬の念をもって接することを主旨とする。次に互いに和して、なか睦まじく行動し、少しでも自分勝手なことをしてはならない。そして、ひねくれて、同志を負かそうなどと考えてはならない。としているのである。
このことは、聖学、君子の学を学ぶに際しての心構えとして、述べられているのである。また、現在、我々が色々なことを学ぶときの姿勢としても必要なものであるように思う。
以下、中江彰編「中江藤樹のことば―素読用―」(登龍館)より。
藤樹32歳の時の作。3カ条からなる戒めの部分。
藤樹の住居に隣接している学舎・藤樹書院に、儒学を治めるためにやってきたかれらを、藤樹は「同志」とよんだ。同志は、たがいにうやうやしい態度で接すること、なかむつまじく、いささかも自分の都合勝手をしてはならない。心ねじけて人に勝つなかれと。
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