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2013年05月29日18:35

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この日

本日は亡き親父の誕生日。生きてれば80歳になってるが。
またちょうど10年前、勤めてたカイシャより2度目の退職勧奨を受けた日でもある。

勤続約38年の人事の年輩課長からは、取るに足らぬような小さなミスをあれこれ挙げられて、「君はココには向いてないのとちゃうか?東京でリセットしたらどうや?友達いっぱいおるんやろ?」と言われた。

その横に座ってた人事次長(現在このカイシャの常務取締役)の机には退職届のプリントが・・・。

2人とも従業員が大損害や大失態をやらかした時の如く、怒った厳しい口調で責め立てるのではなく、イヤラしいうすら笑いを浮かべながらしゃべってたので、「ああコレは、オレが悪い事したから辞めろという趣旨ではないなー。」と感じた。

さらにこの課長は、オレの所属部署の上司3人を指して、「この人たちは、君なんてもういらん、て言うてるで。」と言われた挙句、

直属の次長には、「○○(オレの苗字)!こんな失敗、あんな失敗してー!おまえなんて、いりません!」と嘘泣きの涙声で怒鳴られ、さらに課長は「もうこの人たちは、新しい人を入れた言うてるでー。どうするぅ〜?」と陰湿に言い、人事次長は「コレ退職届。参考までに。」と差し出されたが、ちょっと待って下さいで押し返した。

次の日からはついに倉庫現場からも外されて、実験室みたいな部屋に閉じ込められてレポート書く日々となった。

このカイシャ紹介してくれた伯父に話しても 〜伯父は当時定年退職してから12年以上経っていたので、もうカイシャに口出し出来る立場にはなかった〜、役員目線で見る人だからか「人事がそういう裁断したという事は、おまえの働きぶりが悪かったのだ!」と逆に言われてしまい、もうこのカイシャで勤め続けるには、出るとこ出て闘うしかなかった。

だがオレはこの時期、たぶろう展へ出品した貼り絵作品が初入選した事もあり、コレを機会にもうカイシャを退職して貼り絵画家目指して再び上京し、アルバイトで生計立てようと考えていた。
ただし、酷い目に遭わせたんだから、管理職ユニオンに訴えてアタマ下げさす事も考えていた。
管理職ユニオンに行って相談したところ、受け付けた職員は「この系列のカイシャは組合の力が弱いから、労使間でしょっちゅうこんなトラブルがありますね。」と。

ところが、ココで訴えて闘うには、指定された組合に入らねばならない、場合によってはビラ撒きもしなければならない等、いろいろ面倒な活動をしなければならないようで、しかももう気持ちは退職に向かっていたので、それきりになった。

レポート書きは1週間ばかりしていたが、こないだの日記で述べたとおり、その週末に亡き親父に呼び出されて、「家業を継げ!」と命ぜられ、東京へ再び上京の夢は絶たれた。

あくる週はじめ、上司に退職する旨言うたらば、「そのほうがイイかもな〜!」と言いながら、退職届の書類を持ってきて、氏名と印を押させた。

そして、その週の水曜日から退職日まで有給休暇を取り、上京して旧友たちと親交を温めたり、実家の仕事を引き継ぐ下準備をしたり、大阪でやっている異業種交流会へ参加したりしていた。
ちなみにこの間、第14回上野の森美術館・日本の自然を描く展にも初入選した。

細木センセの占いでは、この年は“達成”という非常にHAPPYな1年となるはずなのに、なぜか不幸のズンドコの1年であった。また、マーフィーの自己啓発法則で東京に戻る事を想念し続けてたものの、残念ながら叶わなかった。

そんなワケで、この5月29日も忘れもしない日である。
ソレにしてもこの年に、同じくリストラされた世の中の人々はその後、どうなさったんだろうか?

(写真:当時使ってた手帳)
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