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2008年03月28日06:43

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動労・国労・全逓・労働争議(1970年代)  序論。

動労・国労・全逓・労働争議(1970年代)
―JR総連、JR連合、JP労組を理解するためにー。

序論

 1989年11月21日の連合(日本労働組合総連合)の結成によって、労働戦線の右翼的再編が完成した。連合傘下のほとんどの組織は資本家、政府、公安警察の走狗として行動する《走狗組織》である。その中には、JR連合(日本鉄道労働組合連合会)のように、後に、国家公安委員となる資本家=葛西敬之が中心となって、公安警察と一体化して作った組織もある。
 日本共産党が支配する全労連(全国労働組合総連合)も、1989年11月21日に結成されたが、少数の幹部だけが共産党員(頭だけ赤く、体は白い丹頂鶴)の組合であり、そのメンバーのほとんどが政治や労働運動に無関心で、公職選挙で共産党に投票する者も少数である。また、共産党は「修正資本主義の党」への転向を表明し、「保守層との共同」を唱え、反動的国民に迎合し、安保廃棄の路線も棚上げした転向スターリニストである。共産党は最大野党の民主党政権の大臣のポストを得たいがため、右翼政党である民主党に媚びへつらっている。全労連も連合の補完物である。
 したがって、1989年を境に、日本において、基本的に労働組合が存在しない社会=新自由主義体制が成立したと言える。新自由主義とは、私有財産神聖不可侵の論理に基づく「営業の自由」の貫徹の桎梏となる場合には、「思想・信条の自由」「言論の自由」「結社の自由」を圧殺すべきだとするイデオロギーである。新自由主義を奉じる権力者は、労働組合の破壊(労働組合を資本家、国家権力の走狗に変質させることをも含む)、国有企業の民営化、公務員の削減、社会保障制度の破壊、軍隊、警察、情報機関の飛躍的拡大によって「小さな政府、強い国家」を実現しつつある。
 かつての帝国主義本国においては、労働組合は微弱な社会的影響力しか持たず、多くの労働者の生活はミゼラブルなものであった。しかし、二つの世界大戦、大恐慌、ロシア革命を通じて、帝国主義諸国において、労働組合が巨大な力を持つに至った。その結果、「先進国」の労働者は「疎外」されながらも「豊か」な生活を享受できるようになった。
 日本において、基本的に、労働組合が存在しない「新自由主義体制」を構築するためには、最も戦闘的で強力な労働組合である動労(国鉄動力車労働組合)、国労(国鉄労働組合)、全逓(全逓信労働組合)と、国家権力者が闘わなければならなかった。
 1970年代、革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)が領導する動労に牽引された労働運動は「放置しておけば革マル派による革命の可能性が成功する可能性が極めて高い」という国家の最高権力者の認識を生み出した。国家権力者は、革マル派だと見なした多数の労働者、学生を、極左テロリスト集団の仕業に見せかけて虐殺した。
 拙著の課題は、1970年代の動労、国労、全逓の労働争議の実態を明らかにし、支配階級が、革命の脅威に震撼させられたこと、「内ゲバ」だと警察が宣伝している殺人襲撃の多くが国家権力の謀略である事を実証することにある。
 また、1960年代、70年代、80年代の動労、国労、全逓の労働運動、国鉄、郵政の労使関係に関するアカデミックな学術論文は、一つとして存在しない。レベルが極端に低い雑文があるのみである。

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