日本共産党のスターリン崇拝(「左翼運動の歴史」第1章)。
スターリンとは、自分に敵対する者、その疑いのある者、一般の労働者を300万人以上、虐殺した独裁者である。
そのスターリンを全世界の共産党員が現人神のごとく、崇拝していたのである。
スターリンを批判する共産主義者は、共産党によって、スペイン、ベトナムでは皆殺しにされ、中国でも、30年以上、投獄された。
レーニンと共に、ロシア革命を指導した共産党の指導者は、一人残らず、処刑された。
国外追放となっていたロシア革命のNo2の指導者であり、ソビエト赤軍の創設者・赤軍総司令官・軍事人民委員だったトロツキーは、スターリンの刺客に、メキシコで暗殺された。
1930年代には、トロツキーの戦友である、トハチェフスキー元帥ら、赤軍最高幹部が、大量に処刑された。
北朝鮮の金日成と金正日の親子がやったことなど、スターリンの悪行に比べれば児戯に等しい。
北朝鮮の権力者など、所詮、「ミニ・スターリン」でしかない。
日共(日本共産党)も、スターリンを、神のごとく崇拝していた。
以下に引用するのは、1953年3月6日、スターリンの死に当たって、日本共産党員が書いた日記である。
彼は、北海道・室蘭の日本製鋼所室蘭製作所労働組合の若き指導者であった。
3月6日 木曜日 晴
新聞にスターリン首相の死が報ぜられらた。・・・・・現代の人類社会は、天空高く輝く巨大な英知の光を失った。人類は、まさに、この掛け値なしに、偉大な教師スターリンを失ったのだ。
全世界のプロレタリアートに要求されるものは、より一層の団結と英知を備えるための勉強でなければならない。
今までは、この偉大なる先導者スターリンが、容易に指し示してくれた。
ブルジョワ新聞でさえも讃辞を惜しまなかった、同志スターリンの為し遂げた、ソ同盟(ソ連)のため、ひいては、人類のための偉業は、幾万年の人類の歴史に永久に残ることであろう。
その崇高な全生涯を、貧しい人々のために、そして、全世界人民のために、捧げつくした、今、ここに、全世界のプロレタリアートの哀悼と涙の中に、その貴い、巨大な生命の、かがり火の最後の部分をも燃焼しつくして、偉大な魂は別れを告げた。
同志スターリン、僕は今、ここに、
あなたの、なしえた数々の偉業を偲び、
労働者階級のために
真実と正義の方向を指し示してくれた
あなたを思い、
そして、また、常に我々を見守っていた
慈父の瞳が
永遠に閉じられてしまったことは
限りない淋しさを呼び起こし
とめども無く、溢れる
悲しみの涙を、せき止めることは出来ません。
永遠に去ってしまった
偉大なる魂の別れに際し
日鋼室蘭労働者の名において
まっこうから、哀悼の辞を捧げます。
以上のようなスターリン崇拝の言葉を批判する共産主義者に対しては、日本共産党は、殺人、リンチ、テロによって、粛清してきたのである。
しかし、この3年後の1956年、ソ連共産党フルシチョフ書記長によってスターリン批判が、行われ、残虐なスターリン主義体制下にあった、ハンガリーの労働者階級が、スターリニスト官僚を打倒するために武装蜂起し、ハンガリー革命を断行したこと。
そのハンガリー革命を、フルシチョフのソ連軍が鎮圧し、ハンガリーの労働者を大量虐殺したこと。
ソ連軍によるハンガリー革命弾圧を日本共産党が、全面的に支持したこと。
これら、3年後の事件を、この日記を書いた日鋼室蘭の共産党員、あるいは、日共(日本共産党)の最高幹部の、誰が予想しえたであろうか。
誰一人として予想しえた者は居なかったであろう。
スターリンやフルシチョフ、毛沢東、日共が、絶対、正しいという神話は、1956年に崩壊する。
この年から、共産主義者の新しい歴史が始まったのである。
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