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2007年12月13日10:22

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革マル派に対する警察権力の殺人襲撃の証拠。

革マル派に対する警察権力の殺人襲撃の証拠。



 以上のように、国家権力者は、革マル派を「放置しておけば革命が成功」する可能性が高いという危機的情況を、いかに、乗り切ったのか。弾圧による乗り切りを主張していた田中角栄の子分=後藤田正晴が掌握していた公安警察は、革マル派系労働者、学生に対する謀略殺人という手段に訴えた。
 

 1970年代、80年代には、78名もの革マル派系労働者、学生、市民が虐殺され、数多くの者が、半身不随になり、頭脳を破壊されて正常な思考能力を失なった。青年労働者を中心とするランク・ランド・ファイルの組合員の反幹部闘争が高揚していた全逓東京地本は、「第二の動労」となることが予測されていたが、謀略殺人、謀略襲撃によって、革マル派の力は微弱なまま推移した。国労、全電通、日教組、自治労など、他の官公労における勢力拡大も壁に直面した。
 

 日本帝国主義は、革マル派系活動家に対する、残虐な謀略殺人によって延命することが可能となったと言っても過言ではなかろう。
 

 しかし、日本の警察は、これらの殺人のすべてが、革マル派と対立する極左集団(中核派、解放派)による犯行だと発表している。それに対して、革マル派は、殺人襲撃の一部が極左集団によるものと認めつつも、その多くは、国家権力の謀略部隊の凶行だとしている。
 

 まず、我々は、国家権力者が、放置しておけば革マル派による革命が「成功」する可能性が高いと考えていたことを想起すべきである。権力者には、革マル派系活動家を大量に虐殺、または、廃人にする動機が有ったのである。


 「極左集団」と言っても、そのメンバーの多くは学生である。殺人に関しては素人である。自衛隊の基地内部等で殺人の訓練を重ねたプロフェッショナルなテロリストである国家権力の謀略部隊との違いは一目瞭然である。襲撃を受けた革マル派系活動家が、中核派、解放派によるものか、国家権力の謀略部隊によるものかを識別できるのは当然である。しかし、第三者が、本当に、国家権力の謀略か否かを判断するためには、当初、革マル派が公表する情報は不充分なものでしかなかった。国家権力が放った職業的テロリスト集団であることを示す多くの特徴を、革マル派が挙げても、それが事実であるという客観的証拠は充分であるとは言いがたかった。革マル派が、謀略であることの根拠として挙げていることでも、それらは、革マル派の調査隊が調べたことであり、敵対する勢力が虚偽だと言った場合、第三者には、どちらの主張が真実なのか判断しえないことも少なくなかった。


 しかし、謀略であることが明白な事件が起った。1974年12月16日、マサカリ等の武器を持った襲撃部隊は、革マル派系活動家が住む東京都内3ヶ所を同時襲撃した。しかし、墨田区のマンションでは、全学連戦士は、襲撃者の一人を打ち倒した。このテロリストは、パトカーによって板橋区にある都立豊島病院に運ばれて入院した。この襲撃は、中核派が追認した。しかし、彼の同志であるはずの中核派のメンバーは、誰一人、一度も、現われず、警護には、刑事達が当っていた。革マル派活動家が現われると刑事はピストルを抜いて威嚇した。


 警察は、この男を、殺人未遂・凶器準備集合罪で逮捕したと発表した。しかし、12月25日、警察は、この襲撃者を退院させ、どこかへ運び去った。そして、この男の所在、正体は、不明となり、闇に葬り去られてしまった。殺人未遂等で逮捕された犯人が、警察の手によって隠匿されたのである。


 この犯人が、中核派のメンバーではなく、国家権力の謀略部隊の隊員だったからこそ、警察が、このような行動をとったとしか考えられない。犯人の身元が判明すれば、国家権力による謀略だということが明らかになるからである。



 さらに、全学連戦士・水本潔(日本大学生)の虐殺も、革マル派系活動家謀殺の真実を白日の下にさらした。水本の殺害は、どのセクトによっても追認されていない。


 1977年1月17日、水本潔の実家に千葉県市川警察署から、江戸川から、水本の死体が収容されたとの連絡があった。市川署にかけつけた両親の前に提示されたものは、水本の遺体ではなく(遺体は既に焼却されていた)「彼とは似ても似つかない変死体の顔写真1枚」と衣類の断片、時計などの遺留品だけであった。


 確かに、遺留品は、水本の物であった。しかし、変死体は、まったく別人のものであった。水本が行方不明となったのは1976年11月21日であるが、同年3月に歯の治療を受けている。その時のカルテに記載された歯の治療状態と、変死体の「身元不明死体票」に書かれた歯の状態とは、まったく異なっていた。水本の歯にはプラチナ冠が無かったが、変死体には5本も有った。プラチナ冠を5本入れるには40万円(非常に高額)もかかり、学生が入れることは、まず、ありえない。一般に、そのように歯を「金ピカ」に飾るのは、ヤクザである。さらに、変死体には金冠が2本、有ったが、これも、水本には無かった。


 また、変死体には、「入れ墨」があった。入れ墨をする者の多くも、ヤクザである。

 さらに、変死体から指紋を採取するために使用されたシリコンラバーと、水本の指紋と合致したシリコンラバーとは別のものであることが明らかにされた。水本の指紋と合致したシリコンラバーは、変死体からではなく、あらかじめ水本から指紋を採取した後、保存されていたものであった。変死体から指紋を採取したシリコンラバーは、水本から指紋を採取して保存されていたシリコンラバーに、警察内の何者かの手によって、すりかえられたのである。


 市川署の鑑識係員達は、変死体の多くの指をくっつけて、シリコンラバーを塗布して指紋をとった。そして、そのシリコンラバーをハサミで一本ずつ切り離して、袋に入れ、千葉県警察本部に届けた。したがって、シリコンラバーには、隣の指との間の切断面があるはずである。また、その切断面は隣の指同士の間では、勘合符のように、合致するはずである。


 ところが、指紋照合に使用したシリコンラバーには、そのような特徴が、まったく無かった。ハサミで切った切断面が無いか、切断面があったとしても切断面は合致しなかった。


 鑑定依頼を受けた理化学研究所変形工学研究室の牧野内昭武博士は、変死体から採取したシリコンラバーと、水本の指紋と合致したシリコンラバーとは、「別なもの」だとの鑑定書を提出した。変死体の指紋と水本の指紋が一致したとする警察の主張の論拠は崩れ去った。


 水本は謀殺され、水本の持物と、別人の変死体の写真が水本のものとして、提示されたのである。その変死体の歯型は、水本のものとは、まったく違い、変死体から採取したシリコンラバーは、あらかじめ水本から採取したシリコンラバーにすりかえられた。死体のすりかえが行なわれた根拠は判明していない。しかし、日本の左翼が他の左翼組織に対して行使したことがない、あるいは、行使したと警察等によって発表されたこともない銃殺のような手口で虐殺された可能性はある。それを、死体のすりかえによって隠蔽したのは、「極左集団の仕業ではないのではないか」という疑いが広がるのを防ぐためだったのかもしれない。


 この水本事件については、「真相の徹底究明」を要求する「申入書」に署名した177名の知識人・文化人が起ち上った。また、動労が労働組合の組織決定として「水本事件の真相を究明する会」に参加した。そして、前動労委員長・目黒今朝次郎参院議員が、参院予算委員会で警察庁を追及した。朝日新聞、読売新聞、内外タイムスなどの新聞、『週刊現代』、NHKテレビも、水本事件について報道した。こうした「真相究明」運動の広がりに対して、国家権力の謀略部隊による、数多くの残虐な報復殺人が行なわれた。


 謀略襲撃による、数多くの活動家の虐殺、廃人化、負傷によって、国家権力者が「放置」しておけば「官公労全体を制し、革命が成功する」可能性が高いと認識した革マル派の伸長は、多くの組合でストップした。あるいは、組合内の党組織が破壊された場合も少なくなかった。



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