あなたは、『徳』という言葉を意識して日々、過ごされていらっしゃいますか?
以下の対話は、プラトンの『メノン』(岩波文庫、1994年)より。
「ソクラテス:君は、徳とは善きものを獲得する能力をもつことだと、こう主張するわけだ。
メノン:その通りです。
(中略)
ソクラテス:ペルシャ大王の賓客、メノン氏は主張する。 —— ところで、君は、メノン、その「獲得」に正しくかつ敬虔にという一項を付け加えるつもりはないかね?それとも、君にとってはどちらでも構わぬことで、たとえ人がそうした善きものを、不正な仕方で獲得するとしても、やはりそれを徳と名づけるのかね?
メノン:むろんそんなことはありません。ソクラテス。
ソクラテス:悪徳と呼ぶのだね?
メノン:絶対にそうです。
ソクラテス:してみると、どうやら君のいう「獲得」とは、正義とか節制とか、あるいはその他何らかの徳の部分がつけ加えられなくてはならないようだ。もしもそうでなければ、たとえ良きものを獲得しても、それは徳ではないということになるだろう。
メノン:そうです。それらのものを抜きにして、どうして徳となりえましょうか。」
あなたは、このソクラテス(較正値540)とメノンのやり取りから、『道徳』とは、実は善を積み上げる道という意味であると、お分かりでしょう。そうなんですよ。徳を積むとは、善行のことをいうのです。
我が国を代表する哲学者西田幾多郎は、『
善とは、自他相没するところに至らねばならない』と述べている通りです
利己的で、上辺だけの、言い換えると外交上の親切は、『善』ではありません。他方で、利他的で、第三者の幸福や生活の質の向上に寄与する行為はこそ『善』である一方、先般片山大臣による省庁OBが天下る 財団法人や関連団体にメスを入れると宣言していましたけども、国民の福利に貢献しない財団法人や関連団体は、まさに全廃すべきですね。
そのようなところに天下りしている各省庁のOBは、ネガティブなカルマを積み上げていて、さらに死後も『天国』へゆく可能性はないと気づくべきです。
「この世界のネガティブなプログラミングによって、隷属させられ利用されている自分自身を目覚めさせ、かつ自由にさせましょう。私達は、それがそうであることについて、それを参照します。そしてそれは役立ち、私達のエネルギー、私達の誠実さによる試みです。そして、私達のマインドをとらえてください。『マスター・コントロール』のまさしくその機能が、漸進的なプログラミングにより、隷属させるかについて、また、それによって生じるメカニズムは、映画『トロン』(訳注:1982年アメリカ。コンピュータ内部の物語。そのプログラミングを、擬人化した世界初の全面CG作品)の中で、とても美しく例証されました。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』102頁より)
何回でも言いましょう。あなたの組織が『悪行』を行っていると気づき、それでもまだその組織にいるなら、あなたはその『悪行』に加担しているのと同じです。そのような組織の歯車になることは、あなたが人類の『最高善』を求めることを不可能にします。あなたは、人生の貴重な時間を無駄にしていることに気づくべきです
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