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2026年10月09日04:31

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意識の仕組み(269)手放す(150)恐怖その37

あなたの意識は、永遠にあり続けます。

ゆえにあなたは、あなたの意識に責任があることを、いつも意識すべきですよ。

その意識の永遠性と無限性を、道元禅師は『正法眼蔵』の『心不可得』(講談社学術文庫の第三巻)の章において触れています。同時に、人の頭脳では、意識の永遠性と無限性の全体像をとらえることは不可能であるとも説いています。

道元禅師は「過去心不可得、現在不可得、未来不可得」と説き、それを表現していました。すなわち人は、過去の意識を手に入れるのは出来ず、いまの意識を手に入れることも出来ず、未来の意識を手に入れることも出来ないと述べています。

何故なら、あなたの今、この瞬間見ているものは、あなたが1/10,000秒前に、あらゆる選択肢と無数の因子の影響を瞬間的に選んだものを見ているに過ぎず、あなた自身の選択であるものの、それは、あなたのマインドによるスーパーコンピュータ並みの処理にもかかわらず、意識してコントロール出来るものではないためですよ。ゆえにあなたは、ネガティブな選択をしない為にも、エゴのおしゃべりを超越せねばなりません。

さらにその補足として、「仏道において心を学ぶには、すべての存在がそのまま心である。三界もただ心である。ただ心のみであるから唯心なのであろう。仏もまたそのまま心といってよい。いや仏のみではない。自己も他人もすべて等しくそうなのである。」(『正法眼蔵 第二巻』、増谷文雄注訳、講談社学術文庫、2004年、『心不可得』176頁より、一部読みやすいように修正済み)

まず『心』を、『意識』に置き換えてみましょう。『三界』とは、欲望の世界の『欲界』、意識の表象である『色会』と、スピリチュアルの『無色界』のことです。これはすなわち、欲望もマテリアルとスピリチュアルのすべてが意識そのものに過ぎないということです。

道元は、その上、悟りを開いた人である『仏』も意識そのもので、それだけではなく自分と他者も、区別なく『意識の産物』ということを述べています。理論物理学の判明した『非局所性』の科学的真実として「ひとつのものは、他のすべてのものと繋がっていてひとつで同じもの」です。主体と客体を区別するのは、あなたの知覚される認識の限界を示しています。

あなたは、「自分と、周囲の人達は、本来ひとつで同じ人物である」と意識するなら、『モーゼの十戒』といった健全な倫理道徳観念と精神性を守ろうとするようになるはずです。

何故なら、あなたが他者に嘘をつくなら、自分に嘘をついていることになり、暴力を他者にふるうなら自分に暴力をふるったことになり、他者をバカにするなら、自分をバカにしたことになるためですよ。

「私達は、恐れからよりも、むしろ愛から同じ保護行動をすることが出来たでしょう。病気と死の恐れより、むしろそれらを認識し評価することで、私達は、身体の面倒を見ることは、出来ないでしょうか?私達は、彼等/彼女等を失う心配よりも、むしろ人生において、愛から他者に役立つことはできないでしょうか?私達のそれらの良い意見を失うことを恐れるよりも、むしろ仲間の人達を気にかけることで、私達は、知らない人に礼儀正しくなることや、親切にすることは出来ないでしょうか?私達は、自分のパフォーマンスの質が好きで、かつ同僚が好きで、私達は、良い仕事をすることは出来ないでしょうか?仕事を失うか、単に、自分自身の野心を追求する心配よりも、むしろ奉仕の受取人が好きで、私達は、良い仕事を果たすことは、できないでしょうか?恐ろしい競争よりも、むしろ私達は協力によって、より多くを達成することは出来ないでしょうか?事故を恐れるよりも、むしろ自分自身で、その高い注意力によって、福祉と私達を愛している人々を気にかけ、私達は、慎重に運転することは、出来ないでしょうか?スピリチュアルのレベル上で、それが共感と私達の仲間の人達との一体感から、私達がそうしないならば、神の処罰の恐れから仲間を愛そうと試みるよりも、むしろ私達が仲間を気にかけるならば、それはより効果的ではないでしょうか?」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』98頁より)

あなたは、偏差値(知性/理性)よりも、むしろ『愛』(意識レベル)で人を選ぶべきということですね顔


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