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2026年10月08日04:24

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意識の仕組み(268)手放す(149)恐怖その36

あなたはご存じでしょうか?

昨日の補足として、『意識マップ』の指数1〜1,000は、エゴの属性を示しています。

仏性/キリスト意識/至高の存在は、その1,000から無限大で、これはアートマンの領域です。

さて、あなたは、道元禅師の『有るや無いやという有ではない』(『正法眼蔵 第二巻』、増谷文雄注訳、講談社学術文庫、2004年、『仏性』308頁より)を理解されていらっしゃいますか?これは、マテリアル(物質世界)とスピリチュアル(精神世界)の関係を述べたものです。すなわち、目に見えるものと見えないもののすべてが、意識によって生れます。ゆえに、「あるとか、ないとかの問題ではない」と道元禅師は、述べています。

さて、あなたは、お気づきでしょうか?

『悉有』は、永遠にそのままあり続ける実在であるものの、この世にあるもの、すなわち『始有/本有/終有/妄有』は、形を変え続けます。すなわち諸行無常ですね。そして諸法無我のとおり、この世界は幻影の『存在』に過ぎません。

すなわち『始有/本有/終有/妄有』は、エゴによって生み出される幻影(五蘊)そのものです。例えるなら、あなたは、生まれ(始有)、生きて(本有)、死に(終有)、死後の世界へ赴く(妄有)といった。そのようなプロセスですね。

ただし正確にいうと850で意識としてのエゴは消え去る一方で、物質的肉体はエゴの一部であっても、意識レベル1,000に至るまでその姿は消えません。それがイエス・キリスト/ブッダ/クリシュナ/ゾロアスターの4名のアバター達です。ホーキンズ博士によると1,000を超える意識レベルに応じたひかり(叡智)のエネルギーに人の身体は耐えられないと述べています。すなわち人類の限界は、1,000ということです。

ところで私は、ホーキンズ博士の著作を数冊完読(完訳)するまで、道元禅師の『正法眼蔵』の何処の部分を読んでも、はっきり言って何を述べているのか見当がつかず、ほとんど歯が立たない状態でした。私は、内心『このおっさんは、何を語っているのだ』と思っていました。ゆえに、私はそれらの本を買う気はなく、いつも書店で立ち読みでした(笑)

しかし、いまからおよそ7年前のある日のことです。

ふと私は、今は閉店した八重洲ブックセンターで立ち寄って読んでみると、「おお、そういうことか!」と、ほぼ何処を読んでも解釈できることに驚きを隠せませんでしたね。

私は即座に、講談社学術文庫の『正法眼蔵』全8冊すべて買いました。人とは、実に『現金』なものですよ。私も例外ではありませんでした🤣

「私達は、私達を生き続けさせるため恐れが、無意識に幻を見ています。これは、恐れが、生き残りのメカニズムに属し、私達の舞台装置全体と関係しているからです。私達が、主要な防衛機構である恐れを手放したならば、何らかの点で弱くなるだろうという考えが、私達にはあります。真実は、実際、ちょうどその正反対です。恐れは私達に生命の本当の危険性を見失わせます。実際に恐れそのものは、人体が直面する最も大きな危険です。それは、私達の人生のあらゆる領域に、病気と失敗をもたらすところの恐れと罪の意識です。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』98頁より)

意識レベル200未満では、決して真の幸福を手に入れることは出来ません。それがすべてです。恥、罪の意識、無関心/無感動/憎しみ、深い悲しみ、恐怖、欲望、怒りと、プライド/妬みのすべての感情は、ただあなたを不幸にするものと覚えておきましょう。
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