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2026年10月02日05:11

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意識の仕組み(262)手放す(143)恐怖その30

あなたのエゴは、あなたの個性に過ぎず、それを尊重しても権威として認めてはいけません。

まずあなたのエゴ(小文字のsで始まるself/小さな自己/自我)は、あなたにとって、幸福を妨げる最も手ごわい存在であることを、まず気づかねばなりませんね。

さて、世に溢れる『成功哲学』は、「自分の成功を語っている」のがほとんどすべてです。それらに普遍性のあるものは、数えるほどしかなく、エゴの粘着性のすごさを表出しています。

そもそも、あなたは『成功とは何か?』を分っておられるでしょうか?

単に物質的成功なら、それは真の成功とはいえないことに、あなたは気づかねばなりませんよ。あなたは、真の幸福とは、こころの内側にしかない、言い換えるとエンドルフィンの分泌よりほかにないことをお分かりですよね。大丈夫でしょうかね・・・。

そういう訳で、『成功』についてさえ完全に理解していない多くの人々の情況から、鈴木老師(較正/計測値565)の「不完全なものを通して完全感を表現する」という気づきこそ、あなたに必要なものです。すなわち、あらゆるものに神の意識は浸透していることへの気づきです。その格言は、スピリチュアルの真実を明らかにするものです顔

人の不完全さの一方で、『すべてに神宿る』ため、あなたが主観的に、その神の真実を知り、次に実際に体験することが出来たなら、その時、あなたはこの宇宙の秘密の一部を『直覚』したことになります。矛盾するようですが『直覚』は、あくまでも元々あなたのこころの内側にすでにあったものへの気づきです。以下は道元禅師の『直覚』に至る心構えについて。

「人が最高の智慧を持った人となった時、これを仏という。智慧が仏の有する最高の智慧である時、これを無上菩薩というのである。そしてそのような人、そのような智慧のあり様を知らなのが、それが愚かというものであろう。(中略)今のわが身を構成しているこの四大五蘊は、いずれもそれが我であるというべきものではない。また、それが誰だということもできない。だから、花や月に誘われてうごめく心のいろいろも、また我とすべきではないのである。ついそれを我だと思っている。我でないものを我だと思っているのである。」(『正法眼蔵/第八巻』:『唯仏与仏』より)

あなたのエゴは、この禅師のいう『智慧』を、残念ながら理解する能力はありません。ゆえにエゴは、あなたを幸福へ導くことはないのですよ表情(青ざめ)

「その人自身のマインドで、恐れに精通するようになるための障害のひとつは、他者の意見に対する恐れです。人々から是認を望むことは、安定した空想の中で、私達のマインドの中で続きます。私達は、権威的存在を含み、他者の意見と一体感を持ち、自分自身に関する私達自身の意見として、それを聞き、そのような観点と一致させます。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』97頁より)

誰であれ「自分」というもの芯(土台:人としてのコンテクスト)を持っていないなら、「他者が、どのように見ているか?」を、とても気になるものです。その呪縛から逃れるために必要なことこそ、スピリチュアルの『勇気』です。あなたは、神から授かった人類の使命である『共栄共存』と目的の『悟り』について、人生の芯に据えることで、何も恐れる必要はなくなりますよ顔




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