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2026年09月29日03:50

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意識の仕組み(259)手放す(140)恐怖その27

あなたは、お気づきでしょうか?

『仏』とは神ではなく、悟りを開いた『師』のことを指すものです。『神』と『仏』の違いについて、あなたはしっかり区別すべきです。

『仏教』について、道元禅師は、次のように述べています。(『正法眼蔵/第三巻』講談社学術文庫、2004年)以下でご紹介する現代語訳は、増谷文雄博士のもので、読みやすいように一部修正しています。

「もろもろの仏のことばを実現したもの、それが仏教にほかならない。それは仏祖が仏祖のために説くところであるから、また教えが教えのために正伝するのである。それが法輪を転ずるということである。その法輪の眼晴(ひとみ)のなかにあって、もろもろの仏祖が出現し、またもろもろの仏祖が滅してゆくのである。」(『正法眼蔵/第三巻』:『仏教』より)

『奇跡』を呼び寄せるいわゆる「神通」とは、仏は神と繋がりその力に通じた証・・・顔


「いまより語ろうとする神通は、仏者にとって日常茶飯のことであり、もろもろの仏はいまもこれを怠ることはない。(中略)いま、この限りなき世界を常にして変わらざるのも、みなそれは仏の神通である。『一毛が巨海を吞む』のみではない。また一毛が巨海を保つのであり、一毛が巨海を現ずるのであり、一毛が巨海を吐くのであり、一毛が巨海ならしめるのである。そのように、一毛がすべての世界を呑み吐くとき、では、世界がことごとくそうなったら、もはや世界はなくなってしまうかのように学んではならない。(中略)それはとりもなおさず神通によって得るのである。その得るというのは、神通によるものであるから、まさに神通が神通を生むのである。かくして、この神通は、過去と現在と未来にわたって、在すると財市内のべつはないと知るべきである。もろものと仏は、いつもこの神通のなかに悠々自適しているのである。」(『正法眼蔵/第三巻』:『神通』より)

鈴木老師のいう『絶対愛』である『無条件の愛』のレベルで、奇跡は日常になるとホーキンズ博士は言います。そして理論物理学で判明した事実の通り「たった一本の毛が海を生む」のですよ。これこそ1立方センチメートルの空間における潜在エネルギーは、この宇宙全体のエネルギー量を凌駕していることを、すでに道元禅師は認識していたことを示すものです。あらゆるものは、あなたの無限で永遠の意識によって生まれていることに気づきましょう。

道元禅師の意識レベルは、図表によると720で較正(計測)されます。700以上で較正される内容は、普遍真理です。明日に続きます。

「Owning the “Shadow”:感情の進歩に関する障害のひとつは、嘘が隠されている無意識の恐れです。カール・ユングは、私達はそれを考察することに気が進まず、そのため自分のものとして、この領域を『影』と呼びました。彼は、私達が影を考察し認めない限り、自分自身が癒やされ完全になることは出来ないと言いました。これは、私達のこころの内側で、ユングが『集合的無意識』と名付け、私達が自分自身について認めることを最も嫌うすべてがあり、すべてが隠されていることを意味します。平均的な人間は、むしろ彼の影を世界に投影して、それを非難し、そのためそれを悪であると見ています。ゆえに彼の問題は、この世界にある悪と戦うことにあると考えていると、ユングはしばしば言いました。実際にその問題は、単に自分自身にそのような考えと衝動について、その存在を認めるだけです。それらを認めることによって、それらは静かになります。一旦、それらが静かになるならば、それらは、私達をもはや無意識に駆り立てられません。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』96頁より)

私は、2009年11月3日に、忘れもしない「意識マップ」の初見で『地獄行き確定』の自分を発見しつつも、私がこころの内側を覗き見る勇気を持てたのは、3年も後でした・・・。

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