mixiユーザー(id:9389954)

2026年09月01日22:21

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今考えると、TBSの「あの事件」の翌年だったんだね。

日本人初の宇宙飛行、秋山豊寛さん死去 TBS特派員で歴史的第一声「これ本番ですか?」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8930824
秋山豊寛、亡くなる、ですか。秋山豊寛とはTBSの記者当時の1990(平成2)年、当時のソビエト連邦のバイコヌール宇宙基地より宇宙船ソユーズTM-11に搭乗、日本人として初めて宇宙に飛び立った人物でした。
その当時、宇宙開発事業団(現在の宇宙航空研究開発機構)が「1988年初め頃の飛行」を前提としたスペースシャトルに搭乗する初の日本人宇宙飛行士の募集に応募した毛利衛が宇宙飛行士に選ばれ(1985(昭和60)年)「日本人初の宇宙飛行士」に向けて動いていた中、1986(昭和61)年のチャレンジャー号爆発事故の影響で搭乗へのスケジュールの延期を余儀なくされていた一方(1992年にずれ込んだ)、TBSは1989(平成元)年、日本人のミール(当時のソビエト連邦の宇宙ステーション)訪問に関する協定をソビエト連邦の宇宙総局と調印しており、その年の9月にTBS社内の98人の応募者の中から宇宙飛行士候補に選抜された一人が秋山豊寛で(他に1名選抜)、10月から翌年11月までモスクワ郊外の宇宙飛行士訓練センターで訓練を行い、打ち上げ前日の12月1日に国家審査委員会から宇宙飛行士の承認を受けると言う極めてギリギリのスケジュールで宇宙飛行士となり、翌12月2日に毛利衛に先んじて「初めて宇宙へ行った日本人宇宙飛行士」(であると同時に、世界で初めて宇宙に行ったジャーナリストともなった)となりました。その当時、TBSは「TBS宇宙プロジェクト『日本人初!宇宙へ』」と題してその模様をテレビ・ラジオ双方で連日放送、打ち上げ時と帰還時には長時間にわたる特別番組を組み、すべて生放送で伝えていたほどで、他局がニュース等の話題として大きく取り上げなかった中、その“バカ騒ぎぶり”が目立った印象がありました。
ソ連との協定は折からの世界の「東西冷戦の終結」の流れに乗った動きとも見ることができたかもしれませんが、米国と相対したソ連と組んだ動きであり、そのあたりが日本の「国益」に合うものではなかったとも言え、左派メディアとして悪名高い今日の姿に通ずる姿を見ることができる感じもあるでしょう。折しも、その前年、オウム真理教を批判、追及していた坂本堤弁護士一家殺害事件があり、それを引き起こすきっかけを作ったとされる「TBSのワイドショー番組の制作スタッフがオウム真理教の幹部に対して坂本堤弁護士によるオウム真理教を批判するインタビュー映像をその放送前に見せた」と言う事件を起こしており、「秋山豊寛、宇宙へ」の喧噪の中、一方でこうした「マスコミ不祥事」を起こしていたとは、何とも不気味であり、恐ろしささえ感じます。
秋山豊寛は、地球周回軌道に乗ることに成功した際、中継で「これ本番ですか?」との第一声を放ち、「地球はやっぱり青かった」とリポート、約9日間の日程では無重力状態の中で6匹のカエルを使った実験なども行ったのだそうですが、帰還後はTBS報道局次長などを歴任後に1995(平成7)年に退社。福島県で農業に従事するも東日本大震災により発生した福島第一原発の事故を機に京都に移住。京都造形芸術大学教授も務めた後、晩年は三重で過ごしていたのだとか。結構早期にTBSを退職していたのに驚きを感じますが、TBSに対してどこかで“踊らされていた”と言う感覚を持ち続けていたのかもしれません。
享年84。合掌。
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