あなたのエゴ(小文字のsで始まるself/小さな自己/自我)は、
事件や事故などの報道に目がゆきがちなことに、気づかれていらっしゃいますか?
数年前にNHKのスポット報道で、SNSにおいて
感情的な虚偽の投稿は、8時間で世界中に広がる一方で、
真実の投稿は6日間で実に18倍の144時間もかかるといっていました。
またそれとはニュアンスは違うものの、聖書も翻訳の度に、恣意的に手を加え真実レベルを落としてきました。特にアラム語からギリシャ語に訳された際の歪曲は、かなり目に余るものがあったとホーキンズ博士は述べていました。何故それは起きるのでしょう?
最大の理由は、権力者が人々を支配する為の権威づけに、聖書の教えを積極的に歪曲しました。下記にてご紹介するのは、上はアラム語からギリシャ語へ訳され、それを英訳した『欽定英訳聖書』です。下はアラム語から直接英訳した『ラムサ版英訳聖書』です。(新約聖書から『ローマの信徒への手紙』:13-14)
Put on the Lord Jesus Christ as if he were your clothing. Don’t think about how to satisfy sinful desires. :主イエス・キリストを、まるで衣服のように着なさい。罪深い欲望をどう満たすかなど思いを巡らしてはいけません。
But clothe yourselves with our Lord Jesus Christ, and disregard the lusts of the flesh. :むしろ、私達の主イエス・キリストをあなた達自身にまとわせ、獣性の欲求を相手にしないようにしましょう。
欽定英訳聖書は、欲望を罪(較正値170)としている一方、
ラムサ版は、エゴの獣性を超越するよう求めていて、これは意識レベル200未満に落ちないようにという教えです。どちらがスピリチュアルの真実であるか言うに及ばないでしょう。スピリチュアルの真実として、人に罪はなく、単にスピリチュアルの真実を知らない、言い換えると無智に過ぎません。
1世紀以上前に発刊された『ラムサ版英訳聖書』は、アラム語のオリジナルの聖書から訳した正確な英文です。そのため聖職者の権威を守るための恣意的な歪曲は、まったくありません。それは、スピリチャルの真実に忠実な教えを、私達に伝えています。
「私達が、ネガティブな感情を譲り渡すのが、多ければ多いほど、私達は、プライドをこころの支えとして頼りにすることが、ますます少なくなるでしょう。その立場において、この世界は、『謙虚さ』と呼び、穏やかな状態として、私達が主観的によく経験するところの性質です。本当の謙虚さとは、公の活動場所において頻繁にみられる『人の謙虚さに内在するプライド』や、『偽りの謙遜さ』とはまったく違うものです。偽りの謙虚さは、人が誇りに思っているもので、遺憾ながら他の人達が、かなりあからさまに自慢する成就/達成を認めているのに対し、あこがれを伴い自然にけちをつける見せかけです。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』143頁より)
先日ご紹介した通り、人は自分の弱さを隠すためにプライドを利用するものです。そして今日の博士の論述において、
プライドには、自分を上(特別)に置く視点のあることも忘れてはいけません
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