佐藤二朗、主演ドラマめぐるフジ側の経緯説明受け再反論「僕は心から、もう関わりたくないです」 映画『踊る』出演についても言及
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予想通りだった。プロとして制約を作ることに対してどうか?という言葉。佐藤のプロ意識を垣間見た。しかし、今の世の中、そういうある意味教えのようなことを言ったとしても(本当のところはどうか知らないけど、頭に来ただけかもしれない)セクハラやパワハラと言えば通る時代。ましてや男性が若い女性にとなると世の中はすぐイコールパワハラセクハラというロジックで傾いてしまう。
私は佐藤のこの発言はプロとして若手を育てる意味では必要な事を言っただけだと思う。そして厳しく言うのもまた当然。ここではっきりしたのは下心からではなくプロとしての意識ということだ。昨日私が書いたように役者の世界は対する役者との真剣勝負。
アドリブをかましてくることもある。それは役になりきった時に台本以上の演技を思いついたことに他ならない。ただし相手の役のことも加味しながら出てきたアドリブに相手も同返答するか?即応力が要求されるし、台本を台詞以上に役としてその役の性格まで深堀する必要がある、言わば職人芸だ。そして台本が変わる度に世界観を再構築しないといけないし並大抵のことではない。だから特別な職業だと思うが芸能界もタレントと役者を一緒にしている部分があるのもいけない。
それと何でもかんでも言われた方が気に入らなければ〇〇ハラという風潮。これはやはりいかがなものかと思う。人間の世界だから相手のことを思いやることは大事だが行き過ぎるのもよくない。まただからと言って一方的に自分の価値観を押し付けるのもいけない。しかし、このケースはそういうのとは別の次元にあると思う。
なぜ最近の人はこういう悔しさをバネに出来ないのか分からない。叱られたり、怒られたりしない人が増えると一度でも怒られたらトラウマになる。つまり耐性がないからすぐに傷つき、再起不能になる。だから怒らない、叱らないでは日本だけなら良いかも知れないが世界と競争しているのにどうするのか?世界はだからと言って甘くは見ない。特に極東の国々は隙あらばと言うところが多い中でちょっとしたことでヘコ垂れるようではダメだと思う。もし反論があるなら具体的にどうすればいいのかを示すべきだろう。
それは司法や法律ではなく他国との競争の中で負けずに叱る、怒るもなしに行きの頃る方法をだ。芸能界だけが特別ではなく世間的な標準の問題を問うている。
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