マザー・テレサは、旧ユーゴスラビア、現在のマケドニアで生まれ、幼い頃から修道女になることは自分の宿命であると、すなわち第一チャクラがしっかり機能し、そのようなメッセージを受け取っていました。
「救われるためには、神を愛すること。そして何よりもまず祈ること」
これは、彼女が、主観的に神を認識し、その愛に触れているから言えることです。このレベルに達していたため、極左のグローバリスト達は、「彼女は、人身売買に深くかかわっていた」というでっち上げを主張し、カトリック教徒を無神論へと導こうとしています。
エプスタインは何回も彼女にコンタクトをとっていたことを考えると、マザー・テレサの付き人にも、工作員がいたのでしょう。彼女は、何回も重篤な病気を経験したのは、彼女が闇の組織になびかなかったためです。その経験が彼女にカルマを解消させ、ますます意識レベルを上げることに貢献したわけですね。
先の教皇は、「あなたが死んでもキリストに会えない。神にも会えないのだから、この世でやったことはすべて赦される」と。この前教皇の教えは、『モーゼの十戒』や『山上の垂訓』を守らず、なにやってもいいという宣言です。人身売買、麻薬の密売、異教徒なら殺しても強姦しても赦されると、中国共産党やイスラム原理主義者の横暴を追認したようなものです。
そう言う訳で、まさに神(創造主/自然神/天)を畏れぬ偽りの教えです。そのような邪悪な教えを、堂々と演説していたのですよ。バチカンを支える側の枢機卿の中にさえ、極左のグローバリストに洗脳されていた、あるいは弱みを握られ、そのような教えを信者に説いているのですから、世の混乱が収まらないのも納得ですよ。
何故なら、人類の約96%もの人々は、神の愛を主観的に認識出来ていません。ですから聖職者の役割はとても重要です。しかしスピリチュアルの真実の情報を発信するよりも、むしろ政治的権力の保持に目がゆきがちな聖職者の多いことこそ、問題を複雑にしています。
しかも日本のように、マルクス主義にかぶれた教育者が、戦後の学校教育を牛耳っていました。私が小学校の5年生になり、教科書に書かれていた『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」に涙し、初めての道徳の授業に、イエスやブッダの教えをきけるものと期待に胸を膨らませた私は、最初の教師の一言で「この国はやばいなあ」とショックを受けたものです。
教師の「道徳の授業と言っても、あなた方に教えることは何もありません。あなた方のご両親の言うことを聞いているなら、それでいいのです」に、私は自分の耳を疑いました。
その潮流こそが、人類の悲劇を引き起こしているともいえるでしょうね・・・。
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