マハトマ・ガンジー(較正値905)は、イギリスで法学を学び、帰国後弁護士になりました。
彼は、徹底した平和主義者でしたね。しかも中庸の精神を自身の依頼事案の中で実践した稀有な存在でした。では、その手法とは、どのようなものだったのでしょう?
弁護人は、依頼されたもめごとを中庸で解決するなら、原告と被告の双方とも傷つきません。その後も仲良くやってゆける解決方法とでも言えるでしょう。中庸とは、「どちらにも偏らず、中正なこと(様子)」です。すなわちもめごとの主張は、いずれも感情移入しがちになります。感情が入ると、どうしても双方の主張は、両極端になり、お互いに引くに引けなくなりがちですね。
アリストテレスは、欲望などを背景とした過多や過少、あるいは過大や過小といった両極を避け、中間を理性的に探ることこそ、人は徳を積むことになるといった趣旨のことを、『倫理学』のなかで述べています。
ところでインド人で『バガヴァッド・ギーター』(較正値910)のことを知らない人は誰もいないでしょう。ガンジーの生涯に愛読書は、その『バガヴァッド・ギーター』でした。
『バガヴァッド・ギーター』に基づき製作されたテレビドラマは、インド国内の視聴率は、なんとなんと90%台だったとか!!!ガンジーは、若い頃から『バガヴァッド・ギーター―』を読み、その内容を原告と被告に伝えることで、双方に中庸の考え方をアドバイスしていたのではないでしょうか?
例えば、
「富の蓄積と感覚の快楽に執着し
その追及に右往左往する人々のこころには
真理を愛し、それに仕えようという
決断がおこることはないのだ」
(『神の詩/バガヴァッド・ギーター』、ラーマクリシュナ研究会、株式会社TAO Lab、2008年:第2章44節より)
インド人の誰もが知っている『バガヴァッド・ギーター―』から、そのような聖なる句を、原告と被告に提示されたら、双方共人類の精神(コンテクスト)に基づくなら200未満の感情を棚上げにするはずです。これを聞いてあなたは、どういう態度で争いを円満にまとめたか想像出来るかと。
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