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2026年01月14日09:08

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超えられなかった壁

久米宏さん追悼「報ステ」40分間特集「ニュースステーション」最後のビール飲み干しノーカット
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8630866
すごく良い人だったと思うが越えられない1つ壁があった。テレビ朝日への批判だ。
というかマスコミ全体にと言ってもいいだろう。さっき、ちょっとテレビ見ていたら「テレビ局は戦争を知らない、戦後に生まれたメディアだった。」と言っていた。これはマスコミに対する援護射撃でありここに越えられなかった壁を感じた。

確かに彼は政治家を始めいろいろな人や事件、現象などその時々の話題に分かりやすくするための努力、誰もが聞きたいことを物おじせずに訊く姿勢は素晴らしいと思ったし、報道の形態や異議に新しい風を持ち込んだとは思うが足らない部分もあった。

上げるとすればコレだ。

テレビ局の背後にあるのは新聞社だ。その新聞は戦前に何をしたのか?
ここに切り込んだのはNHKだけだ。他の新聞社を背景に持つテレビ局は一切そのことをやっていない。知らない人のために言うと
戦中に報道の自由を奪われ本当のことを報道できなかったと被害者ぶっているマスコミ(新聞社)はラジオの台頭により自分たちの立場が失われるという危機感を発端にして大げさで中にはウソもあるような国民を煽る記事を書き続けた。相乗効果で国民は煽られ、怒り、軍部や政治に対して圧力を加えるようになる。それは「民意」であり、日本は当時、天皇制とは言え、一定の言論の自由はあったし、国民は何も言っても良い環境だった。それをマスコミ(新聞社)はい自分の保身のためにちゃんと下調べもしてない、していても中身を国民受けするものに替え、ようするに「売れる記事」を書いて世間にタレ流し続けた。時には弱腰な軍部や政治を批判し、国民に焚き付け政治家の暗殺や引退も叫ばれるような時代を作ってしまった。

「戦争やむなし」

この言葉は軍部が決めたように思われているがその一因は国民を煽った新聞社の記事から始まった。新聞を売るためについた嘘は日本を戦争の瓦礫しか残らない国にしてしまった。久米が言うような「テレビは戦争を知らない」などと言うからマスコミは未だに先のさまざまな戦争についてマスコミとしての反省とか追跡が出来ないでいる。

でもよく考えて欲しいのはテレビ局の後ろには新聞社がいるじゃないか?ということだ。未だにテレビ局はその新聞社の意向を越えられないし、久米も越えられなかった。
越えたのはインターネットを生み出したIT企業だった。マスコミとは何の関係もない電子の業界が変えた。今はもうテレビも必要が無くなるほどネットは世間を取り巻き、新聞なんて更に終わったメディアとなっている。それは記者の能力もある。久米の様な人が新聞社のウエだったらもっとマシだったかもしれない。

「テレビは戦争を知らない」という言葉を言う時に彼はどう思ったか知らないが心の中ではキャスターとしてアナウンサーとして、テレビ業界の人としての限界を感じていたのではないか?と思う。

朝日と毎日もそうだが今もある古い新聞はどこもほとんどが国民に冷静な判断をさせるような記事を書くことを止め、くすぶるほどの小さな火にガソリンを入れた。
その火は瞬く間に広がり、軍部ですら抑えることが出来なくなってしまった。
「日本の国益を何だと思っているんだ?そのための軍隊なんだから国益を守るために戦え。」そう言わせたのは新聞社だ。やがてゴシップのつもりでやっていたそれらの記事は森林大火災のようなことになり止められなくなった。山火事に似ている。間違ったり扇動するような記事を書くことは。

皆、一様に「時代がそうさせた」とか「ああいう時代だったから」というが発端を作ったのは当時のマスコミであり、それで踊らされた国民であり、内部矛盾と抗争をした軍部であり、覚悟の足りない政治家だった。皆、誰もが戦争の加担者と言っていいが火をつけたのは他でもないマスコミだ。

NHKは一定の反省と検証をNHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」で4回に分けて検証と反省の番組を作り、再放送も何度もして過去を顧みた。
そのようなことを民放がしているだろうか?戦争を知らないテレビだから戦争の反省をしなくて良いのだろうか?批判だけしていればいいのだろうか?背景にいる新聞社を忖度し思っていても出来ないでいいのだろうか?

こういうことを言って欲しかった。しかし、もうその必要はないのかも知れない。ネットの社会では久米が目指したような国民一人一人が発信し、議論し、考えさせられるような世の中になった。発信される意見の良し悪しは各人は判断しなければならない問題はある。(偏重した意見は過去のマスコミがやったような煽りにつながりかねない)
しかし、その情報がウソか本当かはともかく最近は騙されながらも危険な情報については報道もされているし、ネットでの注意喚起もあるから山林火災の様な事にはならないと思うが、詐欺でカネを巻き上げられる人はいても昔のようなことはない。

そう言う意味ではネットの社会も問われ続けていると思う。
私の意見が正しいかどうかではなくこういった意見を聞いたら自分で調べ、思慮を深めることが大事だろう。おそらく久米はそういうことを目指したのだろうと思うから社会の様相が変わって一人一人が発信できるようになったのならその発信にも前向きなものが必要となる。ただ、人や現象、思想を罵倒するのではなく意味のあるものにしていく必要がある。テレビ人が越えられない壁はすでに国民は越えられる環境にある。そしてすでに超えている部分もある。我々が常に冷静であり続けるならマスコミのウソにも対抗できるであろう。
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