ニケア会議で確定した虚偽の『三位一体』とは、「父:神、子:イエス・キリスト、ホーリースピリット:聖職者の修業により昇華された魂」でした。
創造(進化)の過程を否定した虚偽の『三位一体』論は、さらに700の『悟り/Enlightenment』レベルで生じる神との合一を無視しています。これだけスピリチュアルの真実とかけ離れた教えを用い人々を洗脳すれば、政治利用出来て、いつまでも人々のこころを支配出来た訳ですね。
『悟り』は、「見せかけの自己」であるエゴを超越し、カルマの良好な傾向と共に神に許された者のみに対して明らかにされます。まず600レベルで、この宇宙と生命の秘密の暴露であり、「真実の自己」であるアートマンを主観的に認識させられる情況をいいます。因みに『ウパニシャッド』とは、ヴェーダ聖典の終わりの部分にある哲学的論述を指します。
見せかけの自己である『自我(小文字のsで始まるself/小さな自己/エゴ)』は、幻影にもかかわらず、西欧の人々は、それのみが実在のように考えます。その結果『理性』を働かせたことこそ、争を続ける理由です。
真実の自己である『真我(大文字のSで始まるSelf/偉大なる自己/アートマン/ホーリースピリット/ハイヤーセルフ)』を、西欧の人々は、それを「神である」と認識していたものの、自分とは関係ないと信じていたことこそ、争いを続ける理由です。
一方で神との分離を受け入れたことで、『理性』を用い科学技術を進化発展させることに成功したのも、また間違った教えがポジティブに働きました。何故なら神は、真偽に関わらず、それである人が幸せになれるなら、協力も惜しまないためです。それは、例えばアインシュタインの相対性理論と原子爆弾の開発につながりました。このことは後日、また詳述します。
さて、次に人類を奈落の底に落とす『原罪』の致命的問題についてです。
アテネの『民主制』とローマの『共和制』を放棄した『帝政ローマ』の人々の人生観は、ギリシャ哲学、特にストア派の影響を受けたキケロ、セネカや、マルクス・アウレリウスのように、言うなれば人生の災厄は運命であるという受動的思考体系を持ちます。
それは「自然に従うことは理性に従うことであり、さらにそれは宇宙を秩序づけられた根源的働きや力であり、『ロゴス』に従うことになる」とみて、意識、運命と、カルマの関係と、その違いを認識せず誤って解釈していました。
それで、帝政ローマの時代に、次々に起きる災厄の起因は、イエス・キリストの『貧しき人々は幸いかな』の真意とは反対に解釈される結果に終わります。
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