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2025年10月04日03:54

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戦争省(23)

スピリチュアルの真実として、人類が神から与えられた使命は、「生きとし生けるあらゆるものと共栄共存すること」であり、目的は「悟りをひらくこと」で他に何もありません。

どの国の軍隊も、新兵教育の眼目は「プライド:較正値175」を持たせるようにします。まさに『武士道』は、勇猛な戦士を育てるためのものであったことを明らかにします。『武士道』は、一点集中力と周辺集中力を、シーター波の脳波『悟り』レベルまで高め、戦場で命を惜しまず、ひるむことなく戦う最強の戦士になるための『道』だったといえます。

一方で、『儒教』と『道教』の根本原理は、『愛』に基づく「共栄共存」の精神です。

日本の武士達が、野蛮な獣性むき出しの戦士のままではなく、健全な道徳律や精神性に欠けた単なるごろつきにならなかった理由は、ここにあります。

武士が市中の人々から尊敬されるのは、唐の第二代皇帝太宗と、宰相達により『儒教』や『道教』など人類の使命と目的に基づく治世の実践が、後に政治議事録「貞観政要」となり、これを、お手本にしていた北条政子、足利尊氏と、徳川家康などの存在があったお陰です。

一方のユダヤ、キリストと、イスラムといった旧約聖書の物語が浸透していた国や地域では、この人類の使命と目的から逸脱し、概して『愛』と反対の教えや、無意味な禁足事項、あるいは形式的儀礼を、市民に強いていたという悲劇的状況にありました。黄金を求めインカを滅亡へと導いたスペインの侵略など、道徳と精神性に欠け、人道に明らかに反していました。

このような悲劇を生む最大の理由は、「エゴは、神を認識する能力がない」ためで、ユダヤ、キリストと、イスラムを信仰した大多数が、非キリスト教圏を教化するという名の下で植民地化して搾取に専念したのは、スピリチュアルに目覚めていなかったことを示しています。

唯一無二の絶対者たる創造主は、左右大脳半球を同期化させないと、誰もインスパイアされません。すなわち、神や真我より、神の存在の真実に関する啓示や天啓を受け取れません。

さらに、問題は、スピリチャアルの『愛』のレベルに達しない限り、スピリチュアルの真実である『意識の永遠性』、「因果応報」、「輪廻転生」や「悟り」の真実について主観的に認識することは不可能なことです。

ゆえに、朱子や吉田松陰のように、意識レベル500を超えない理性の優れた知識人達は、『共栄共存』を説く『儒教』や『道教』の根本原則の重要性を主観的に認識出来ませんでした。そのためそれらの神聖な教えを曲解し、間違った方向へと彼等は向かいました。

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