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2025年05月03日03:34

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邦訳のレベルは似非スピリチュアル

「他者への敬意を表せないことに気づき、私は本当に愕然とした」を克服するために私がやったこと。

まさにその時に受け取ったインスピレーションは、マテリアル(物質世界の諸事)と決別し、スピリチュアル(精神世界の諸事)を人生の中心に据えることでした。私が座禅を始め、聖書や仏教経典を含め哲学やスピ系の本をむさぼるように読み出したのは30年前のこと。

それこそ、幼い頃から意識の永遠性を確信していたため、疑う余地のない選択でしたね。

ところで私は、中学生時に、港区立青山中学校からの帰途、六本木の交差点にあった『誠志堂書店』にて立ち読みをするのが日課だったものです。

それほど私は本から知識を吸収することに興奮していたのです。そして岩波文庫の『コモン・センス』(トマス・ペイン)に感動し、4年後、ついに大学で念願のアメリカ政治のゼミに入り本格的に学ぶことになりました。

私は、アメリカ政治を含め政治学全般を大学で学んだことで、私の人生の『学問のすすめ』は、人類のすべてを知りたいという強い欲求から始まります。

私は、そのお陰で、政治、哲学、宗教、歴史や、理論物理学など幾つもの分野の専門書を、ワクワクドキドキしながら学ぶ半生を送ることになったのですよ。私が土浦で学習塾を経営していたころ、ついに蔵書は3,000冊を超えました・・・。

結局、人類の混迷は、「人は何処から来て、何のために生き、そして何処へゆくのか」を主観的に理解していない人達によって起こされていると気づきます。

スピリチュアルというコンテクストの無智を特定しつつあった私は、ついに2009年11月3日、運命の邦訳『パワーか、フォースか』(原典の較正値850)と出会うことになります。

私は、その出会いから半年の間に7回読み返しました。その間に発売された『わたし:真実と主観性』(原典の較正値999.8)も、読めば読むほど前後関係の矛盾や、論理破綻している箇所が、あまりにも多くあることに気づいたわけです。

そこで私は、英語の原典を自分で訳すしかないと決意します。それから、ついに15年かけホーキンズ博士の10冊の書作と講演集の1冊のすべてを、訳し終えました。

ところで博士は500を切ったレベルのものは、スピリチュアルではなく、読む価値はないと断言しているのですが・・・。

邦訳の2冊は、共に真実レベル500を切るほど歪曲されていますけど、全くあり得ません。


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